HEROsのアンバサダーを務める元ラグビー日本代表・五郎丸歩(ごろうまる・あゆむ)さんは、被災地訪問をはじめとした社会貢献活動に積極的に取り組むアスリートの1人。
2021年10月にはご自身が育った母校・福岡市立老司中学校へ凱旋し、生徒に向けて “目標や夢の実現”をテーマとした講演を行ないました。
今回は五郎丸さんが考える社会貢献のあり方や、海外で見たアスリートの社会貢献活動についてを伺いました。そしてこれから活動を始めようと考えているアスリートへのメッセージなどをお話しいただきました。
釜石の女子高生の心を、ラグビーが動かした
HEROsアンバサダー就任以前から行っていた競技外の活動として、東日本大震災の復興支援活動があります。震災が発生した当時、「我々に支援できることはないか」と思い、ヤマハ発動機の監督を通じて現地の方に聞いてみたんです。すると当たり前なのですが、「被災者の方々の元気がない」と。そこで、現地のラグビーチームである釜石シーウェイブスRFCとヤマハ発動機ジュビロが試合をして、被災者の方に元気を与えたいと思ったんです。
それからは毎年『ともだちマッチ』として、釜石さんと試合をしています。今年はコロナの影響でトップチーム同士の試合は中止になりましたが、代わりにお互いのジュニアチームが試合を行う予定です。釜石とは本当に長いお付き合いをさせていただいています。
その縁もあり、2019年のラグビーW杯の会場のひとつである釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としにも呼んでいただきました。
そこで地元・釜石の女子高生がスピーチをしたんです。その子は2015年ラグビーW杯イングランド大会で日本代表の試合を見たことがきっかけでラグビーを好きになったそうです。
ラグビーをきっかけに、「釜石の魅力を伝えよう、盛り上げよう」とする若い人がこの街から生まれたことは嬉しいことですし、“スポーツの力” を実感しました。釜石はこれからも多くの人が来てくれる街になると思いますし、ラグビーを通じて活気づいたことをとても嬉しく思います。
日本で行なわれたW杯で世界中のラグビーファンが釜石を訪れました。当初は2試合が行なわれる予定だったものの、カナダ対ナミビアの試合が台風の影響で中止になってしまいました。そんな中、試合が無くなった両チームの選手が、台風被害を受けた地域でボランティア活動をしたことは多くの人の記憶に残っていると思います。
そういった経緯もあり、釜石の方は、中止になったこの試合をいつか実現できるよう、今も努力されていると聞きます。ラグビーが街の活力となった、ひとつの良い例だなと思います。
実際に僕が初めて被災地に行った時は、「本当にここは日本なのか?」と疑ってしまうような光景が広がっていました。それが、今はこうやってスタジアムが建設されるまでに復活してきました。
スタジアムのある場所は、もともと小学校や中学校があった場所です。学校は津波がきても大丈夫な丘の上に新設されて、そこからスタジアムを見ることができます。こうして復興が進んでいる景色を見ることができるのは嬉しいですね。
アスリートが発信しやすい環境を作るべき
釜石におけるカナダとナミビアの選手の行動に通ずるのですが、僕が海外でプレーをしていて思ったことがひとつあります。海外のアスリートは社会貢献と呼ばれる活動に対するハードルが低く、日常的に児童養護施設への訪問をしている姿がとても印象的でした。
さらに、ハンディキャップのある人が健常者と同じように、スタジアムで試合観戦できる環境がある。そういった点からも、海外では “多様性” への理解が進んでいると感じます。
その背景には、スタジアムの構造上の問題もあります。今の日本のスタジアムは、バリアフリーの概念が無かった時代に作られた古いものが多いです。全ての人が問題なく来場できるスタジアムの建設など、施設環境面の整備も必要です。
日本でもHEROsをはじめとした取り組みのおかげで、アスリートが社会貢献活動を始めやすい環境になりつつあると思います。多くのアスリートが一歩踏み出して活動を始めることで、多様性に対する理解が社会全体で深まっていくのではないでしょうか。
これまでも社会貢献活動をしてきたアスリートは大勢いるはずです。しかし、言わないことが美とされている日本では、自身の活動を発信しづらい雰囲気があると感じます。それゆえ、表に出てこなかったのかなと。「発信することで注目を集めようとしているんじゃないか」という偏見の目は世間にまだまだある。
そんな中で、公益のために活動する日本財団さんがHEROsの活動を通じてアスリートの取り組みを発信することで、世の中の認識も少しずつ変わっていくのではないかと期待しています。アスリートが自由に発言できる環境に変わっていけば良いですよね。
活動は社会のため、そして自分のため
アスリートは自分の夢を体現してきた人間ですが、そのほとんどが30代で引退してしまいます。その後の人生のほうが長いのですが、現役時代は“人生を集約した時間” でもあります。アスリートではない一般の人の一生分くらい濃い時間を過ごしているので、言葉には説得力がありますし、経験を子どもたちに伝えていくべきだと思っています。
ラグビーは体格差のある外国人と体をぶつけて戦うわけですから、誰でもできる競技というわけではありません。日本人には難しいと言われてきた世界の舞台でチャレンジしてきたからこそ、ラグビー選手が伝えられるメッセージは多くあると思います。僕は子どもの頃、「超一流アスリートは飛びぬけた才能があるすごい人」というイメージを抱いていましたが、そうではないことをラグビーを通じて学びました。
最後に勝つ、結果を出す人は、自分が置かれている環境を言い訳にせずに少しずつ努力を積み重ねた人。著名なアスリートも才能だけで地位を確立したわけではないんです。そういう意味では、競技から培ったものは多いですし、その経験を社会に還元したいという思いを、全てのアスリートの方が持っているのではないでしょうか。
一方で、社会貢献というと何かとても大きなことをやらなければいけないというイメージもあり、なかなか踏み出せないアスリートも多いのが現実です。
ですが、実際はそんなことありません。やれることから少しずつ活動を進めていく中で、競技を超えて人の輪が広がって、できることが増えていきます。
人が集まることでパワーが生まれる
例えば、チームスポーツのラグビーと個人競技である柔道では、アスリートの考え方も全然違いますよね。僕も最初は一人でいろいろと考えていましたが、HEROsでサポートしていただきながら活動をすることで、様々な考え方を吸収する機会ができました。同じ競技をしているメンバーだけで集まると意見はどうしても偏ってしまいます。ですが、こうやって他競技の方と接することで自分の考え方や視野が大きく変わってきます。その出会いから新しく始まった活動はまだありませんが、この出会いもアスリートにとっては大きな一歩なのかなと。
僕の場合はHEROsですが、このように誰かに手伝ってもらいながら前進することが重要です。個人が一歩踏み出すのはハードルが高いですから。今回、僕がこうやって母校に返って未来を担う子どもたちに思いを伝えることもひとつの社会貢献と言えるのかなと。こうやって社会に返していける部分があれば良いのかな、と思います。
あとは、無理のない範囲で取り組むべきだと思います。今年が難しければまた来年やれば良いですし、自分の競技や生活に支障がない範囲でやらないと長くは続かないですから。今回の学校訪問のようなハードルの低いものから取り組むことで人の輪も広がっていくし、何か新しい活動が生まれるはずです。
人が集まることで生まれるパワーを僕は色々なところで実感しました。先に話した釜石の人たちと僕らが力を与えあったように、様々な活動を通じて僕自身もエネルギーをいただくことは多いのです。自分の人生にとって必要不可欠な経験になっています。
競技の外でも様々な活動に取組み継続していくことが、社会のためにも、そして自分のためにも大切だと思います。アスリートに限らずですが、少しずつでもよいので、一歩踏み出してみてほしいですね。