2021年10月11日、HEROsアンバサダーで元ラグビー日本代表 五郎丸歩さんが母校・福岡市立老司中学校で講演を行ないました。

大学時代に日本代表へ初選出され、ジャパンラグビートップリーグで得点王を三度受賞。2016年にはリーグ戦通算1,000得点達成選手として特別賞も受賞しています。2021年のシーズン終了を持って現役を引退されるまで、数々の功績を残しラグビー界の発展に貢献されてきました。現在は静岡ブルーレヴズのCRO(クラブ・リレーションズ・オフィサー)として、2022年1月開幕のラグビー新リーグに向けて奔走中です。

世界レベルも経験された中でラグビーとどう向き合い、どう目標設定をしてきたのか、ご自身の経験をもとにお話しされました。今回は、講演会の一部を抜粋してお届けします。

見えないプレッシャーを、コントロールできる習慣に

ー五郎丸さんは試合の際、プレッシャーとどのように向き合っているのでしょうか?

五郎丸:プレッシャーや緊張感がある状態は、見えないけれど何かしらストレスがかかっている状況。形がないからコントロールすることも難しいですよね。でも「自分のモノにしよう」という意識と行動次第で、緩和できるものでもあると思っています。僕にとってはその行動がルーティーンを作ることでした。自分がコントロールできる習慣を作り出すことで、見えないプレッシャーを乗り越えられると感じています。あとは、経験を積むことももちろん大切です。

ー見えないものを形にして、コントロールされていたと。

五郎丸:そうですね。僕だって、全く緊張しなくなったわけではありません。むしろ多少は緊張感があったほうが、“戦闘モード” に入りやすいんです。自分の身体にとって最も心地良く競技に集中できる緊張感を見つけることが大切です。100が最大だとしたら70を必要とする選手もいれば、10で十分な選手もいます。人それぞれですが、自分はどの状態が最もパフォーマンスを発揮できるのかを把握することが重要だと思います。

ー緊張感やプレッシャーをうまくコントロールできているからこそだと思いますが、五郎丸さんはあまり失敗しているイメージがありません。悔しかった、失敗した経験はあるのですか?

五郎丸:もちろんあります。高校2年生の全国大会は、ずっと一緒にラグビーを続けてきた兄と一緒に出場しました。ベスト8が決まる東福岡高校との試合では、僕のミスが続いてラスト20分の時点でほぼ負けが確定していました。泣きながらプレーしている兄を見て、やってしまったなと。当時の映像は見返したことがないくらい、人生で一二を争う悔しい経験となりました。

ー失敗した経験を次に繋げるためには、どういったことが必要だと思いますか?

五郎丸:まずは、「過去は戻ってこない」と自分の中で受け止めて切り替えること。引きずっていても幸せにはなれません。失敗は誰にだってあります。左右されずに、次に向けたチャレンジをどんどんしていって欲しいですね。

ラグビーの魅力は、“多様性”

ーラグビーの魅力はどういったところだと感じていますか?

五郎丸:一言でいうと、多様性です。

プレーでいうと、誰もが自分の長所を活かせるのがラグビーです。ラグビーは15個のポジションがあります。例えば足が速い人や遅い人、がっちりしている人やそうでない人など、それぞれが力を発揮できるスポーツです。

あとは、“国籍を問わない” こと。ラグビーでは、国籍にとらわれず国の代表になることができます。「国の代表は、その国でラグビーをしている人としての代表」だと捉えていて。国籍や人種など関係なく、ラグビーが好きでその国でプレーしているのだから、立派な代表選手でしょうと。

ー2015年、2019年のW杯と、日本でもかなり盛り上がりましたよね。

五郎丸:そうですね。昔からラグビーをやっていた人間としては、どうしてこんな面白い競技が広がらないのか不思議でしたが。2019年の自国開催でのW杯を成功させるためには、2015年のW杯で結果を残す必要がありました。当時は勝ち方云々よりも、とにかく勝つことを考えてプレーしていたのを覚えています。

ー実際にW杯でプレーして、いかがでしたか?

五郎丸:めちゃくちゃ楽しかったです。あれほど、「日本人で良かった」と思った瞬間はないくらい。国歌斉唱の時に特に思いました。日本代表でなければ、そんなことを思う瞬間はなかったと思います。本当に貴重な経験でしたね。

今、できること。目の前の一瞬が、夢に繋がる

ー夢や目標を持つことは、どのように重要だと思いますか?

五郎丸:この先誰に出会うか次第で、夢は変わっていくものだと思います。自分一人の力でできることはごく限られています。でも人との出会いを通じて、自分の未来は開かれていくことを忘れないで欲しいです。

ー五郎丸さん自身、どのように目標設定をされてこられたのでしょうか?

五郎丸:実は、僕は大きい目標を立てたことはないんです。理由は、1年後でも周りの環境がどうなっているのかは予測不能だからです。数年前は誰も、今のようなコロナ禍を想像していなかったですよね。

プレッシャーとの向き合い方と同じで、目に見える(予測できる)範囲しかわれわれはコントロールすることができません。病気になるかもしれないし、怪我をするかもしれない。コロナ禍のように、世の中の環境がガラッと変わるかもしれない。だからある程度わかる範囲で、長くても1年先の目標を立てています。

ーコツコツ、今できることを大切にされてきたんですね。

五郎丸:そうです。

自分の目の前にあることをひとつずつ積み上げていくことが、目標への近道です。たとえ夢に早く辿り着いたとしても、遠ざかってしまうのも早いと思います。どのようにして夢に辿り着いたのかが、自分の中ではっきりしていないから。

どんな環境であれ、自分ができることにひとつずつ向き合っていくことしか方法はないんです。成功した人は遠い存在のように見えるし、「努力の仕方が違う」「環境が違う」などと言い訳をしたくなることもあるかもしれません。でも彼ら彼女らを特別な存在だと思わずに、今できることを積み上げていってもらいたいです。

ー最後に、後輩たちに一言メッセージをお願いします。

五郎丸:コロナ禍で、苦しいことや嫌なこともたくさんあったと思います。でもそれはあなたたちだけではなくて、世界中の全員が同じように苦しんでいます。

「苦しいから辞めよう」「辛いからチャレンジすることを辞めよう」などと言うのはもったいないこと。どんな環境下でもできることは必ずあります。できることを見つけてコツコツとチャレンジしていれば、いつか実を結ぶと信じています。今置かれた環境の中で何ができるのか、しっかり考えて行動することを忘れないでください。