著者:瀬川泰祐

私たちの生活を一変させた新型コロナウイルス感染症。
この未知のウィルスは2020年の夏に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックを史上初の延期に追いやり、あらゆるスポーツイベントを軒並み中止に追い込んだ。
その猛威はとどまることを知らず、いまも私たちの生活に大きな影響を与え続けている。

しかし、未来への不安が社会全体を覆うなかでも私たちに希望を与えてくれたのは、やはりアスリートたちだった。
2021年4月に行われた競泳の日本選手権で、白血病からの復活を期す池江璃花子選手が4種目で優勝を果たし、多くの人に勇気を与えたのは記憶に新しい。
また、ゴルフの松山英樹選手が、海外メジャー大会「マスターズ」で、アジア人として初の優勝という歴史的快挙を成し遂げた瞬間の光景は、多くの人の脳裏に焼き付けられたのではないか。

このように、どんなに苦しい時代にも、私たちの心を大きく揺さぶるアスリートの持つ力。
その力を発揮する場を競技場の中だけにとどめておくのは、日本社会にとって「宝の持ち腐れ」ではないか。
また、彼らの競技場外の活動にスポットライトを当てられていないのは、スポーツライターとして活動する筆者にとって、大きな課題だと捉えている。

そこで今回は、HEROsがアスリートたちと行ったコロナ禍での3つの活動を振り返りながら、その活動の意義を説いてみたい。

コロナ禍でスタートした「HEROs LAB」が若者にもたらしたもの

1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月7日。
全国の幼稚園や小中学校、高校の大半が休校となり、新学期・新生活を迎えるはずたった学生たちに、胸が高鳴る春は訪れなかった。
一方、スポーツ界もプロ野球やJリーグは、開幕までの道筋を示すことはできず、2020年シーズンの開幕を延期することが決定していた。
多くのアスリートたちは、トレーニングすらままならない状況に陥った。
彼らもまた、日常を、そして未来を奪われていたのだ。

「このままスポーツが止まってしまうのではないか」。

ひっそりと静まり返った競技場や運動施設をみてこう思ったスポーツ関係者は筆者だけではなかったはずだ。

だが、そんな不安をかき消してくれたのも、アスリートたちだった。
SNSや動画投稿サイトを活用し、オンライン上でファンと交流をしたり、自宅でのトレーニング方法を紹介したりする動きが活発化。
社会全体でオンライン化が進み、スポーツ界にもデジタル活用の波が押し寄せた。
こうして社会環境が劇的に変化するなかで、HEROsプロジェクトが満を辞してスタートさせたのが、「HEROs LAB」だった。

HEROs LABでモニター越しに車いすバスケのプレーを披露する根木慎志さん

HEROs LABは、将来を担う若者たちにアスリートがスポーツで培った価値観や考えを伝えるオンラインスクールだ。
2020年8月11日、ライフセーバーの飯沼誠司氏を皮切りに、続々とトップアスリートたちが登壇し、これまで34回のオンラインスクールが開催された。
コロナ前には聞くことはできなかったであろうアスリートたちのリアルな経験談に触れ、4,628人もの参加者たちが熱心に耳を傾けた。

そしてオンラインスクールの中で浮き彫りになったアスリートたちの持つ目標へ突き進む力、正しい努力をする力、継続する力、自分をコントロールする力、切り替える力、立ち直る力……。
経験を積み重ねて能力を磨いてきたアスリートたちの口から発する力強い言葉、優しい言葉の数々は、コロナ禍で目標を見失いかけた若者たちにとって、未来への道しるべとなったことだろう。

HEROs LABで中高生の質問に本気で答えたボクシング世界王者の村田諒太選手

アスリートたちの意識に変化を促す「HEROs IDEA」

アスリートたちの活躍の場を広げ、彼らの力を活かすことができれば、もっと社会は良くなるはず。
そう考えて2020年にHEROsが新たに取り組んだのが「HEROs IDEA」だ。
多くの人に、社会貢献を始めるきっかけを作るために、アスリートや一般の人からスポーツを取り入れた「気軽に楽しく取り組めるアイデア」を募集し、それをWEB上に“アイデアブック”として公開した。

HEROsのアンバサダーを務める井上康生さん(柔道)と五郎丸歩さん(ラグビー)は「『生きる力』が身についちゃう キッズスポーツキャンプ」と題したアイデアでエントリー。 

「小学生向けの1泊2日のキャンプを催し、様々な競技のアスリートがコーチとして参加。多ジャンルのスポーツを横断して体験することで、境界を超えて交流することの大切さを学んでもらいたい。
例えば、柔道とラグビーを交互にプレイすることで効率よく運動能力UP! さらに、子どもたちは学年も出身もばらばらのチームを組み、食事の配膳や布団の上げ下ろしも協力して集団生活。柔道の「礼節」を学び、ラグビーの『ONE TEAM』の精神を知る。
勝敗にこだわることだけじゃない、スポーツの力を伝えたい!」

という企画内容からは、勝利至上主義ではない、スポーツの持つ真の価値を世の中に広げたいという彼らの熱い思いをうかがい知ることができるものだった。

HEROsのアンバサダーを務めるラグビー・五郎丸歩さんと柔道・井上康生さん(右)は、「勝敗にこだわることだけじゃない、スポーツの力を伝えたい」という。

また、登坂由美恵さん(ボディボード)は、「塵も積もれば山となる。それが海への恩返し」と題し、海に来たら必ずゴミを一つ拾う習慣をつけようと呼びかけるアイデアで応募。
「海にきて楽しい気持ちをもらった感謝の気持ちとして、一つだけゴミは持ち帰ってみてはどうか」と、海を使う人たちの一人一人が協力して、次世代に美しい環境を残す取り組みを提案している。

もしこれを読んでいる人の中に、アスリートの方がいたら、ぜひアイデアの数々を参考に、自分にできることを考えてみたり、HEROs IDEAに応募してみてはいかがだろうか。

HEROs IDEAへの応募はこちら

アスリートたちの“これから”を後押しする「HEROs STARTUP」

HEROs STARTUP受賞者の官野一彦さん。障がい者が使いやすいスポーツジム「TAG CYCLE」を立ち上げた

HEROsでは、毎年12月にその年の優れた社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD」を開催している。
それに加え、これからスタートするスポーツを活用した社会貢献活動を支援するプログラム「HEROs STARTUP」を新設した。
このプログラムの大きな特徴は、プレエントリー後に、「HEROs STARTUPサミット」が行われたことだ。
社会貢献活動を行うアスリート同士によるトークセッションや意見交換会に参加でき、自らの企画をブラッシュアップした上で、本エントリーをすることができるように設計されている。

筆者はこれまで何人かのアスリートから「社会貢献活動に興味を持っているが、何から始めて良いかわからない」という声を聞いたことがある。
その点で、同じ志を持つ仲間と意見交換をしたり、アイデアをブラッシュアップしたりできるHEROs STARTUPは、事業を進めるノウハウを持たないアスリートにとって、心強い味方になったはずだ。

初年度は、全国から33組の活動がエントリーし、HEROs事務局による審査、さらに「HEROsアンバサダー」及び「HEROs AWARD審査員」による投票を実施し、最終的に4組の受賞者が決定した。
近い将来、社会貢献活動を始めるアスリートたちの登竜門としての役割を担っていくことに期待したいところだ。

アスリートの社会貢献の輪を広げることができるのがHEROs

HEROs AWARD 2020審査会では、審査員と事務局のメンバーの熱い議論が続き、話はHEROsの今後の活動のあり方にまで及んだ

実は、HEROsプロジェクト内では、事あるごとにメンバーたちの口から「HEROsならではの取り組みとは何か」、「HEROsでなければできないこととは何か」といった言葉が飛び交っている。

競技や団体の枠を超え、年齢や性別、障がいの有無といった垣根すら取り払って活動するHEROsだからできることとは何か。
それはアスリートたちの社会貢献の輪を広げていくことに他ならない。

2021年。いよいよ東京でオリンピック・パラリンピック競技大会が開催される。
中には、コロナ禍で「スポーツどころではない」という人もいることだろう。
そんな時代だからこそ、これまで競技場で力を発揮してきたアスリートたちには、競技場の外でも力を発揮してほしい。
アスリートたちが自分の持つ力を競技場の外で発揮したとき、社会にはどんな変化が起きるだろうか。

もしこの記事を読んで、「社会を良くするために自分の力を使いたい」という意識が芽生えたアスリートがいたら、ぜひHEROsに問い合わせをしてみてほしい。
また、この記事を読んで、アスリートの持つ真の力に気付いた人がいたら、この記事をSNSなどで拡散してほしい。
きっとあなたにも、誰かのためにできることがあるはずだ。