著者:瀬川泰祐

2021年9月に開幕を控えた日本初の女子プロサッカーリーグ「.WEリーグ」。
数多くの女子プロサッカー選手が生まれ、選手の移籍が相次ぐなど、日本女子サッカー界は大きな転換期を迎えている。
このように女子サッカー界に地殻変動が起きる中、地に足を据え、冷静に未来を見つめる選手がいる。
ジェフユナイテッド市原・千葉レディースでプレーする大滝麻未選手だ。

かつて、世界最強の女子サッカーチームとも言われるフランスのオリンピック・リヨン(以下:リヨン)に加入し、
欧州No1.を決めるUEFA女子チャンピオンズリーグ(以下:女子CL)で女王の座に輝いた経験を持つ大滝選手。
一見すると、華やかなキャリアを歩んできたように見えるが、
一度引退してから再び現役復帰を果たすなど、紆余曲折を経ていまの彼女がある。
今回はそんな大滝選手の足跡を追いながら、彼女がどのようにキャリアを形成してきたかを紹介したい。

「好き」で形成されたキャリア

小学1年生の時に兄の影響でサッカーを始めた大滝選手は、幼い頃はピアニストになることが夢だった。
しかし負けず嫌いな少女は、徐々にサッカーに没頭するようになり、高学年になるとサッカー選手としての才能が一気に花開いた。
所属チームや選抜チームでの活躍で得た成功体験を自信に変え、みるみるとサッカーにのめり込んでいった。

そんな大滝選手に大きな転機が訪れたのは、中学生の時だ。
地元の強豪チームでプレーをしていた彼女は、アメリカ遠征に行った際、
「英語を使って外国人と喋れるようになりたい」という思いが芽生え、自発的に英語を学習するようになった。

「全ての思いを伝えることはできなかったが、少しづつ意思疎通ができるようになっていくことに面白さを感じた。
喋れるようになっていくことが楽しくて英語が好きになっていった」。

こうして英語を学びながらも、サッカーでの活躍は続いた。
高校を卒業し早稲田大学に進学すると、1年時にいきなり関東女子サッカーリーグで得点女王に輝く。
2年時の6月に開催された2009年ユニバーシアードベオグラード大会では、準優勝したチームへの貢献が認められ、
カナダのヨーク大学から誘いが届く。やりたいことに夢中で取り組む彼女は「挑戦したい」という思いを抱き、
大学3年時には、初めて海外留学を経験した。
当初は、言葉の壁に苦労したが、日本で積み上げてきた努力の甲斐もあり、次第に言葉を身につけると、プレー面にも好影響が生まれ、
全国大会で得点女王、そして最優秀選手に輝くなどの結果を残した。
さらに4年時に迎えた2011年ユニバーシアード深圳大会でも得点女王に輝くと、
その活躍を見たリヨンのコーチにスカウトされ、見事にリヨンとの契約にこぎつけた。

当時のリヨンは女子CLを制覇し、国内リーグでも5連覇中と、名実ともに世界最強チームだった。
そんなチームに加入を果たした大滝選手は、3月の女子CLでデビューを果たすと、
翌月の国内カップ戦でハットトリックを達成するなどの結果を残し、チームに溶け込んでいった。
そして、連覇を懸けた女子CLの決勝では、後半より途中出場を果たし、見事に優勝メンバーの一人となった。

その後、リヨンでもう1シーズンを過ごしたのち、浦和レッズレディース、フランスのEAギャンガンと、
ハイレベルな環境でサッカーを続けた彼女は、25歳のときに、サッカー選手としてのキャリアを終える選択をしている。
プロ選手として結果を求められる環境に、プレッシャーを感じるようになり、
「プレーをしなければいけない」という義務感に追い込まれていた。
「大好きなサッカーが嫌いになってしまうかもしれない」という恐怖が生まれ、「サッカーを嫌いになって引退をしたくない」という思いから、
夢半ばで引退を決意したのである。
幼い時から「ただサッカーが好き」という気持ちでボールを蹴っていた大滝選手が選んだ苦渋の選択だった。

引退して気がついた現役選手の価値

「選手の立場ではなくても、女子サッカーを盛り上げる仕事をしたい」。

これは引退した時に大滝選手が漠然と描いた未来だ。
具体的に何をやるかを決めずに引退した彼女は、女子サッカー選手にはその後のキャリアの選択肢がないことに気付いた。
そこで海外に活路を求め、FIFA(国際サッカー連盟)がスイスのスポーツ教育機関と提携して運営する大学院「FIFAマスター」に辿り着く。
幅広くスポーツ界で活躍する人材を養成することを目的に設立されたFIFAマスターは、
過去には男子サッカー日本代表のキャプテンを務めた宮本恒靖さん(現:ガンバ大阪監督)が修了して話題にもなっているエリート養成機関だ。
1年間に定員25名という狭き門をくぐり抜けた大滝選手は、イギリス・イタリア・スイスの大学を回り、
23カ国の人々と共同生活をしながらスポーツ人文学や法律、経営学について学んだ。
そして卒業論文では、各国のプロサッカー選手協会が取り組むセカンドキャリアの教育プログラムについての研究を行い、
晴れてFIFAマスターを修了することとなった。

実はFIFAマスターでの学び中で、大滝選手の心の中に生まれていた気づきがある。
それはサッカー選手として活動できることの価値だ。
一度はサッカー選手として歩く道を断った彼女だが、スポーツ・サッカーを愛する仲間たちと過ごす中でその価値に気付き、
もう一度サッカー選手として歩むことを決意したのである。
「好きなこと」に挑戦してきた彼女らしい決意だ。
そして彼女の決意を後押ししたのが、東京オリンピックだった。
「応援に行くから、東京で会おう」という仲間からの声が大滝選手の背中を大きく押した。
彼女はFIFAマスターのハードなスケジュールの中で準備を進めながら、ヨーロッパ各国でトライアウトを受け、見事にフランス・パリFCで現役復帰を果たすこととなった。

中高生に伝えた未来の切り開き方

その後日本の2チームを渡り歩いた大滝選手は
ベテランの域に差し掛かったいまも、「サッカーを楽しむ」ということをモットーにプレーを続けている。
一度プレッシャーに押し潰されてしまった彼女が、FIFAマスターでの学びを通して俯瞰的にこれまでの自身を
振り返ったからこそたどり着いた境地なのだろう。

そんな大滝選手が、2020年11月にHEROs LABに登場。
『自分の考えで自分の人生の道を切り開いていく 「挑戦と逃げ」が見出すもの』をテーマに、
「自分の好きなことに対して挑戦や努力をどのようにしていくのか」、
「好きなものが嫌いになってしまいそうな時の距離の置き方」などについて、
自分の経験を元に、中高生に向けてアドバイスを送った。

大滝選手は、現在、「なでしこケア」の事務局長として、
女子サッカーの環境改善や、キャリアビルディング、社会貢献活動、ジェンダー差別への取り組みも行っている。
その活動理念は、「.WEリーグ」のそれとも重なることが多いだけに、これまで以上に彼女らの活動にも注目が集まる。

「ピッチの内外で活躍するなでしこを目指したい」。

そんな願いを体現する彼女の2021年シーズンはもう始まっている。

HEROs LABでは引き続き、アスリートの経験を中高生に伝えるオンラインイベントを行っていく。
詳細はHEROs LABの特設ページをご覧いただきたい。
そして最後にHEROsから、読者の皆さんにアスリートの社会貢献活動をサポートするためのアクションとして
下記のようなことを提案したい。

1. 「.WEリーグ」の理念を調べてみる

2. 自分の住む地域に女子サッカーチームがないかを調べてみる

3. 「なでしこケア」の活動を検索して、掘り下げてみる

著者 : 瀬川泰祐(HEROs公式スポーツライター)