著者:瀬川泰祐

「相手が吹っ飛んだ瞬間、これだ!と感じ、転向を決めました」。

こう語るのは、車いすラグビー日本代表の池崎大輔選手だ。
池崎選手は、6歳のときに、手足の筋肉が衰えていく進行性の難病「シャルコー・マリー・トゥース病」を発症し、
車いす生活を送るようになった。幼い頃から体を動かすのが大好きだった池崎選手は、
病気の進行に伴い運動から離れつつあった高校2年生の時に、初めてパラスポーツの花形・車いすバスケに出会う。
「頑張れば日本代表として世界と戦うことができるかもしれない」。
そんな希望を胸にパラスポーツの世界に飛び込んだ。
しかし、車いすバスケは、思った以上に手の握力を使うプレーが多い。
手に障がいのある池崎選手は、思うようにプレーできないもどかしさを感じ、
次第に「手が悪いから」と障がいを言い訳にして、競技から逃げるようになっていったという。

そんな池崎選手に転機が訪れたのは30歳のときのこと。
北海道の岩見沢市と当別町を拠点に活動する車いすラグビーチーム、「北海道Big Dippers」の関係者から
スカウトされたことがきっかけで、初めて「車いすラグビー」に出会う。
その時に同競技を体験した感想が、冒頭の言葉だった。
競技用車いすに乗って、思いっきりタックルしてみたところ、
相手がつらそうな表情で吹っ飛んだときの、車いすがぶつかる甲高い衝撃音は今も耳に残っている。

逆境だからこそ「チャンス」は存在する

こうして車いすラグビーの世界に入った池崎選手は、すぐさま頭角を現す。
世界屈指のスピードと瞬発力を武器に日本代表に選出され、
パラリンピック・ロンドン大会で4位、続くリオデジャネイロ大会では銅メダルを獲得。
さらに2018年に開催された世界選手権では優勝を果たし、MVPの個人賞も獲得した。
そして2020年、東京パラリンピックで「金メダル」を獲得するために、
池崎選手をはじめとする日本代表チームは一丸となって、トレーニングに励んでいた。
そんな矢先に起きた新型コロナウイルスの影響による東京パラリンピックの延期。
開催自体も危ぶまれる中、池崎選手は2021年1月30日(土)のHEROs LABに登場し、現在の心境を次のように語った。

「1年間の大会延期はとても辛いことだったし、モチベーションが消えてしまう選手の気持ちも理解できます。
しかしチャンスが増える人も存在すると思います。
特に、若い選手は、1年間努力する時間が増えることで、大会メンバーに選ばれる可能性が大きくなるかもしれません。
私自身も、2020年の時点では金メダルを獲得できる自信がもてていなかったのが、正直なところです。
1年という期間が与えられたことにより、自信をつける時間にもできます。
この延期はチャンスだと私は捉えています」。

言葉で伝えるだけではなく「背中で語る」

経験に裏付けされたストレートな言葉には、聴くものを惹きつける力がある。
その力に引き寄せられるかのように、HEROs LABでは、中高生から池崎選手に数多くの質問が届いた。

高校生から「部活でキャプテンを務めているのですが、全50人の部員が同じ目標に向かっていけているのか不安です。」
という悩みが打ち明けられると、これに対して池崎選手は、
「人が多くなればなるほど、全員が同じ方向を向くのは難しいことです。
まずは、自分と同じ方を向いている人とコミュニケーションを取ること。
そして、口で言うだけではなく、行動、熱意、努力を自らが示すことが一番大切です。
未来は見えるものではなく、自分で作るもの。
自分が示す ”熱量” が少しずつ伝わっていけば、良いチームになるのではないでしょうか。」
とアドバイスを送った。
池崎選手自身も、車いすラグビー日本代表を牽引する立場にいる。
だからこそ、「チーム」をとても大切にしていることが、言葉の節々から伝わってくる。

「私は得点を奪う攻撃的なポジションで、ある意味一番目立つ役割です。
しかし、その背景には体を張って守備をしてくれる選手、トライを決めるためにパスを繋いでくれる選手がいる。
だからこそ、私の役割が成立します。自分の役割を果たすためには、チームメイトの力が絶対に必要です。
私は口下手で、言葉で伝えることは苦手ですが、プレーで自分の意思を示すことは常に意識しています。
『口で伝えるよりも背中で語る』。自分で言うのもおこがましいですが、その方がかっこいいじゃないですか」。

日本代表チーム全体の士気が沈んでも不思議ではない現状にも、池崎選手は前を向く。
その想いに導かれるように、車いすラグビー日本代表チームは2021年に大会が開催されることを信じて、
今日もトレーニングに励んでいる。

自らの「可能性」を広げる重要性

「自分が将来やりたいことと、学校の勉強のバランスが難しい。どうバランスを取ればいいかわからない」。

 このような苦悩をこぼす高校生がいた。
コロナ禍で、同じ悩みを持つ中高生はますます増えているのではないか。
この悩みに対しても、池崎選手は「将来やりたいことと、学業はイコールだと思っている」とストレートに伝えた。

「私はアメリカのクラブチームに2年間所属した経験がありますが、英語が話せない状態で現地に向かいました。
そのとき、しっかり学生時代に英語を勉強しておけば、現地の情報や文化を深い部分まで理解できたはずだと後悔しました。
学生時代には気づいていませんでしたが、もし英語を真面目に勉強していれば、自分の選択肢がもっと増えていたはずです。
いま目の前にある学業にしっかり取り組むことが、結果的には自分のやりたいことの選択を広げることに繋がります。
ぜひ、今の時間を大切にして、自分自身を高める時間にして欲しいと思います」。

この回答を聞いた参加者は、納得の表情を浮かべながら
「学業にもしっかり向き合うことが、自分の将来やりたいことに繋がることが理解できました」と池崎選手に感謝の意を伝えた。

ここで池崎選手の幼少時代のエピソードを一つ紹介しよう。
池崎選手は、体に障がいがあっても、スポーツに関しては、とにかくなんでも挑戦してきた。
そしてどんな時も全力だった。友達と野球をした時のこと。
バッターボックスに立ってフルスイングをした。
すると手に力が入らないので、ボールではなくいつもバットが飛んでいった。
それでも池崎選手は「本気でホームランを狙っていた結果」と、笑って当時を回想する。

どんな状況に置かれても「できない」とは思わない。幼いころから一貫して、池崎さんは逆境を跳ね返してきた。
だからこそ、これからの未来を担う若い年代の人たちにには「自らの可能性を広げて欲しい」と願っている。

逆境の中でもフォーカスすべきは自分自身

HEROs LABの終了時刻が迫ると、池崎選手から中高生に向けて最後のメッセージが送られた。

「皆さんには、自分らしく生きて欲しいです。そして、自分にとって後悔の無い時間を過ごして欲しいです。
モヤモヤすることもあるだろうし、やりたいことができない場合もあります。
でも、自分にとって何がプラスになるのかを考えて行動に移すことが大切ではないでしょうか。
私も車いす生活をしていて、できないことは山ほどありますが、
できないことばかりにフォーカスするとマイナス思考になってしまうので、できることに目を向けていくことが大切だと実感しています。
自分にできることに目を向けて行動していくことが、皆さん一人ひとりの役割になると思います。
これを機会に自分を見つめ直し、自分らしく生きて欲しいと願っています」。 

この言葉に、画面の向こう側にいる参加者たちから、チャット欄を通じて多くの拍手が送られ、HEROs LABは終わりを迎えた。

池崎選手の言動には人の心を動かす不思議な力がある。
それは、池崎選手がどんな逆境にも諦めずに挑戦し続けてきた証だ。
東京パラリンピックの開催が危ぶまれようとも、彼が歩みを止めることはない。
そんな彼の「背中」は、悩みを抱える中高生にとって、確かな道しるべとなるはずだ。