著者:瀬川泰祐

「HEROsAWARD2020」を受賞した4つの活動を紹介していく本企画。
今回紹介するのは、球団の枠を超えて一致団結し世間からの注目を集めたプロ野球選手たちのソーシャルアクションだ。
彼らのアクションは、なぜ注目を集めたのか。彼らが行なってきた3つの活動からその理由を紐解いてみたい。

一致団結することが難しいプロ野球界の構造

日本のプロ野球界は、セ・リーグとパ・リーグによる2リーグ制を敷いているが、
これまでの歴史の中で、両リーグの足並みが揃わないことがあったのを、ご存知の方も多いのではないだろうか。
コロナ禍で変則的なシーズンとなった2020年は、パ・リーグではクライマックスシリーズがおこなわれ、
セ・リーグでは行われないというチグハグさが目立った年でもあった。
これもプロ野球界の歴史や組織構造と無関係ではないだろう。
プロ野球界は、チーム名称に企業名が入っていることからもわかるように、
企業活動の影響を強く受けながら球団が独自に発展を遂げてきた歴史を持つ。
このため球界全体で団結したアクションが起こりにくい構造となっているのだ。

そのような環境下で、近年新しい動きを見せているのが日本プロ野球選手会(以下、プロ野球選手会)だ。
12球団の支配下選手が所属しているという特徴を活かし、いま、球団を横断した社会活動が活発に行われている。
まずはプロ野球選手会が2019年から行っている「ドナルド・マクドナルド・ハウス」への支援活動を紹介しよう。

球団の枠を超えた取り組みへのきっかけはプロ野球選手会の働きかけ

ドナルド・マクドナルド・ハウスは、難病などにより入院する子どもたちとその家族が低料金で利用できる滞在施設だ。
全国11カ所にある全ての施設は寄付や募金によって賄われ、ボランティアスタッフが中心となって運営されている。

プロ野球界とドナルド・マクドナルド・ハウスとの接点の始まりは、西武ライオンズの中村剛也選手が同施設を訪問した2010年に遡る。
それ以来、継続的に同施設を訪問していた中村選手の活動は、2019年になり、埼玉西武ライオンズの選手会による活動に発展する。
当時の球団選手会長だった増田達至投手が出場試合ごとに1万円、中村剛也選手が1打点ごとに1万円を積み立てて寄付を行ったり、
選手たちが本拠地・メットライフドーム内外での募金活動や告知啓発活動を行ったりするようになった。
さらに同年12月にはプロ野球選手会が主催したファンイベントで、
ドナルド・マクドナルド・ハウスへの募金活動を行ったことがきっかけで、
多くの選手がこの活動に賛同し、球団の枠を超えた取り組みへと昇華した。
2020シーズンの開幕前の春季キャンプで、プロ野球選手会長の炭谷銀仁朗選手(読売ジャイアンツ)が、
各会員に活動の趣旨を説明し、支援を呼びかけたところ、総勢28名の選手たちが賛同し、
自身が設定した成績に応じて「ドナルド・マクドナルド・ハウス」へ寄付を行うことを決めた。
こうして社会貢献への志を持ってシーズンに挑んだ選手たちの活躍により、
シーズン終了後には、1000万円を超える支援金が寄付されることとなった。

「このような社会貢献活動を行うことは、選手にとってもプラスに働いている」と炭谷選手は言う。
活動を通じて出会った子どもたちを「お互いに励まし合い、共に闘う仲間」と称する彼は、
「子どもたちから届くメッセージに、元気をもらい、頑張ろうという気持ちになる」とこの活動が、選手に対して与える好影響を口にした。

国内クラウドファンディング史上最高支援額が示したプロ野球選手の影響力

次に紹介するのは、プロ野球選手会がコロナ禍で行なったエッセンシャルワーカーへの支援活動だ。
公式戦の開幕が3ヶ月遅れ、一時はチームとしての活動が行えないなど、不安な日々を過ごした選手たちだが、
「プロ野球選手会として感染拡大防止の力となり、1日でも早く日常を取り戻したい(炭谷選手)」という思いに突き動かされて立ち上がった。
野球にまつわる社会貢献活動をサポートするNPO法人「ベースボール・レジェンド・ファウンデーション」と共同で、
「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金」と題した活動を支援することを決めたのだ。

プロ野球選手会がクラウドファンディングによる支援活動を行うのは初めてのことだったが、
この方法を採れば、各選手が自分の意思で寄付を行うなど、球界内に自発的に社会貢献活動に取り組む機運を作ることができるのではないかと考えたと言う。

炭谷選手をはじめ、各球団の選手会長たちがクラウドファンディングで支援したことをSNSで発信すると、
瞬く間にプロ野球ファンに活動が認知された。さらにプロ野球選手会として支援することを表明すると、
プロ野球選手たちが一致団結したことが話題となり、その支援の輪は、瞬く間に社会全体へと広がっていった。
支援表明から1ヶ月あまりでその寄付は3億円を超え、
最終的には日本のクラウドファンディング史上最高額の8億円を超える支援金が集まった事実が示すように、
プロ野球選手の行動が社会に与える影響の大きさを改めて感じさせるソーシャルアクションだったと言えよう。
また、医療機関にマスクの寄贈を行う選手が現れるなど、プロ野球界全体に、社会貢献に対する機運が高まったことも、
このアクションの大きな意義だったのではないだろうか。

野球界に横たわる大きな壁を超えたアスリートの社会貢献活動

そして、3つ目に紹介する活動は、日本高等学校野球連盟への寄付だ。
実は、コロナ禍でプロ野球選手会が行なった活動の中で、筆者が最も興味深く感じたのがこの活動だ。

2020年は、高校球児たちの夢舞台である春の選抜高等学校野球大会に続き、夏の全国高等学校野球選手権大会も中止となった。
春夏ともに甲子園が中止となったのは、史上初めてのことだ。
そんな目標を見失った高校生たちのためにも、プロ野球選手会は大きな動きを見せた。
各都道府県で地方大会に代わる独自大会の開催や先々の運営のために1億円を日本高等学校野球連盟に寄付したのだ。
さらには、選手や監督らが「未来へ向かう君たちへ」というテーマのメッセージ動画を配信し、夢を失いかけた球児たちに熱いエールを送った。

プロ野球界とアマチュア野球界の間に大きな確執があることは、スポーツ関係者やファンの間では有名な話だ。
現在のドラフト制度が導入される以前は、プロ野球と社会人野球の間には、選手の引き抜きに関する協定が存在していた。
しかし、その協定内容を巡って意見が対立し、協定は破棄されてしまう。
そんなときに、中日が日本生命の柳川福三選手と契約をしてしまう。
1961年4月20日に起こったこの「柳川事件」により、プロ野球とアマチュア野球界の間には決定的な溝ができてしまった。
近年では少しずつ、両者の関係性にも改善がみられるようになってきたが、
今だに現役のプロ選手が学生に対して技術的な指導を自由に行うことができないなど、その確執は根強く残っている。

このような確執を飛び越え、プロ野球選手会が乗り出した日本高等学校野球連盟への支援活動は、野球界に残る
古い確執がいかに無意味なものであるかを示唆しているのではないか。

3つのソーシャルアクションに共通するもの

今回紹介したプロ野球選手会の3つのソーシャルアクションはいずれも、
彼らが様々な垣根を乗り越え、自発的な意思に基づいて行なった活動である。
そして、その活動の裏には、旧態依然とした組織へ立ち向かう選手たちの強烈な意思表示があるように感じてならない。

そういえば、HEROsAWARD2020の最終審査委員会の場で、
プロ野球界で巻き起こったこれらの活動の意義を最後まで主張していたのが中井美穂氏だった。
彼女はHEROs AWARD2020の表彰式で
「アスリートには、様々な困難にどう立ち向かっていくのかという姿を見せてほしい」と口にした。
この言葉は、過去に古い組織・制度と戦った古田氏を夫に持つ中井氏ならではの、
プロ野球選手たちへ向けた熱いエールだったのではないか。

いささか推察を含んでしまったかもしれないが、
読者の皆さんも、自分なりにアスリートたちの社会貢献活動の裏にある何かを感じ取ってみてもらいたい。
きっと社会に対してアクションを起こすヒントが見つかるはずだ。