著者:瀬川泰祐

7月25日、女子フットサル・臼杵深徳選手(バルドラール浦安ラス・ボニータス所属)が、NPO法人Being ALIVE Japan主催の「長期療養のこどもとアスリートが交流できるオンライン事業」に参加し、はじめて社会貢献活動を行なった。

 このイベントは、オンラインを通じ、長期療養児やその家族とアスリートが交流するという主旨の活動で、イベントには、3組5名の長期療養をしている子どもたちが参加。臼杵選手は、プリン作りや絵しりとりのゲームなどを通して、子どもたちとの交流を楽しんだ。

 今回、彼女ははじめて社会貢献活動を行うことになったのは、どのようなきっかけがあったのだろうか。そこには、臼杵選手の幼少期からの環境と、HEROsプロジェクトとの運命的な出会いがあった。

HEROsとの出会いが社会貢献活動のきっかけに

新型コロナウイルスの影響を色濃く受けたスポーツ界。臼杵選手も多くのアスリートと同じように、競技活動を大幅に制限された。3月に行われる予定だった大会の中止が決まると、続く4月には所属チームが活動自粛となりトレーニングもままならなくなった。さらに政府から緊急事態宣言が出され、自身の仕事にも影響が及ぶ。トレーニングすらできず、先が見えない生活を強いられる中、「いまの自分にできることはないか」と考えた臼杵選手は、HEROsのホームページに辿り着いた。

 「近賀ゆかり選手(元サッカー女子日本代表)ら著名なアスリートが、スポーツ以外の場所でも活躍をしていることを知りました。認知度に差はありますが、わたしにもできることは必ずあると思いました」とそのときの心境を振り返る。

 しかし、臼杵選手には課題があった。社会貢献活動を始めたくても、何から手をつければいいのかが分からなかったのだ。そこで彼女が起こした行動が、HEROSホームページ内の「アスリート向け問い合わせ窓口」からの相談だったのである。

元パティシエという異色の経歴が武器に

臼杵選手は高校2年の冬からフットサルを始めたが、パティシエになるという夢を叶えるため、一度競技から離れたことがある。高校を卒業した臼杵選手は、パティシエになるために通った専門学校を首席で卒業し、パティシエとして仕事を始めた。多忙な日々を送りながら夢を描いたが、仕事の合間を縫って参加したFリーガーとの交流などを通じて、再びフットサルの魅力に取り憑かれ本格的に競技を再開。地域リーグでのプレーを経て、昨年からは国内最高峰の舞台・日本女子フットサルリーグに戦いの場を移している。

 異色の経歴を持つ彼女だが、今回はそれが功を奏した形だ。イベント担当者との打ち合わせの中で、「パティシエという経歴を活かせば、子どもたちに楽しんでもらえるのではないか」というアイデアが生まれ、今回のイベント内容となったのだ。また開催に向けてはスムーズに進行できるようにと、プリンの作り方の動画を事前に準備するなど工夫を施して当日を迎えた。

自身初の社会貢献に「自分がやっていることの意義を実感」

このイベントは、子どもたちとスキンシップが図れないオンラインでの開催だったため、開始前までは不安があったそうだが、臼杵選手はここで持ち前の明るさを発揮する。「はじめてのイベントだから楽しもう」と気持ちを切り替え、笑顔でイベントに臨んだ。すると、その姿を見た子どもたちも自発的にプリン作りに挑戦。中にはプリン作りの過程の中で積極的に臼杵選手に質問をする子どももいた。また質問タイムではフットサルの競技の質問や、得意なお菓子についての質問などが子どもたちから寄せられた。イベントの最後は、子どもたちの「楽しかった」「今度は直接会って一緒にお菓子を作りたい」といった声とともに、イベントは幕を閉じた。 

イベント終了後に、保護者たちから、感謝の言葉とともに、笑顔でプリンを食べる子どもたちの写真が送られてくると、自分が行ったことの意義の大きさを実感した。臼杵選手は写真を見つめながら、「子どもは本当に素直。こちらが『仲良くなりたい』という意思を見せれば、子どもたちもちゃんと返してくれます。自分がやっていることの意義を実感しました」と嬉しそうに話した。

また、臼杵選手の問い合わせを受け、Being ALIVE Japanとの橋渡しを行なった日本財団 経営企画広報部 ソーシャルイノベーション推進チームの大野貴之さん・植木美保子さんは、「アスリートからの問い合わせが、こうして実際に社会貢献活動に結びついたのは素直に嬉しい。臼杵選手をモデルケースとして、今後もアスリートの社会貢献を後押ししたい」と口を揃えた。

在り方として共感を得られたチャリティフットサルイベント

その後、臼杵選手の社会貢献活動は、お菓子作り体験イベントのだけに留まらなかった。その直後には、フットサルチャリティイベントを自ら主催した。

 認定NPOトラッソス(以下、トラッソス)が運営している知的・発達障がいのある人を対象にしたサッカースクールが、新型コロナウイルス流行の影響により、活動継続にダメージを受けていることを知った。トラッソスは、それまで体育館など利用料金が比較的安価な公共施設を使って活動していたが、新型コロナウィルスの影響により、公共施設の利用が制限されてしまったためだ。

 トラッソスが活動を継続するためには、民間のフットサルコートを借りるしかない。そこで「どうしても力になりたい」と感じた彼女は、すぐさまその想いを行動に変えた。スポーツメーカーにイベントの実施を打診し、協賛を得てチャリティフットサルイベントの開催に漕ぎ着けたのだ。

 「お客さんの参加費は決して安くはありませんでしたが、その収益がスクールの活動支援になるため、イベントの在り方として共感を得られたのではないかと思います」と語る。イベントの収益は後日、トラッソスに寄付されたそうだ。

社会貢献活動がプレーにも好影響を与える

母子家庭で育った臼杵選手は、学童保育に通っていた経験がある。幼少期からさまざまな境遇の友達と触れ合う中で、自然と社会貢献に対するマインドが育まれていた。また、国際協力NGOで働く元チームメイトがいたことも、臼杵選手の背中を押したのだろう。こうして始めた社会貢献活動は、プレー面にも良い影響をもたらしているという。昨年は自分の思うようなプレーが出来ず、メンタル面の課題を露呈していた彼女は、自身の変化をこう語る。

 「社会貢献活動を始めてからは、心の面での充実感を感じています。そのおかげで、コンディションも上がってきました。レギュラー争いは激しいけれども、今はフットサルをすごく楽しめています」。

 シーズン中は週末に試合や練習が入るため、オフの日程は限られる。それでも、このような活動が自身のコンディション向上にも繋がると口にする彼女は、自分のオフに合わせて社会貢献活動を引き続き行っていくそうだ。

もっと社会で活躍するために目指す場所

そんな臼杵選手が目指す場所はフットサル女子日本代表だ。「日の丸を背負って世界と戦うということで、子どもたちから見られる目が変わり、伝えられることも変わってくるはず」とフットサル選手としての目標を口にする。

 「見ている人に元気を与えられるし、応援してもらうことでプレーヤーも元気を貰うことが出来るところに“スポーツの力”を実感している」と話す臼杵選手。彼女は、アスリートの社会貢献活動が人々に力を与え、そしてその活動から逆にアスリートも力を貰うことが出来るということを示した。彼女のように、社会貢献活動から“アスリートの価値”を見出し、さらに自分の活躍に還元出来るようなアスリートが一人でも多く生まれることを願いたい。