アスリート(現役・引退ともに)が学校を訪れ、生徒たちの社会課題に対する意識の向上と、社会課題解決のためのアクションのきっかけを作るHEROs LABが、3月16日に横浜女学院中学・高等学校で開催されました。

ゲストは、元バドミントン日本代表の潮田玲子さん、潮田さんが代表理事を務めるWoman’s waysの理事である元プロテニス選手の杉山愛さん、元飛び込み日本代表の中川真依さん、日本体育大学の須永美歌子教授。賛同アスリートの元レスリング日本代表の登坂絵莉さんです。

今回「生理を通じて自分の体を男女ともに知り、一人ひとりが当事者意識を持って、身近なところから女性ならではの不調や悩みと向き合い、何かしらのアクションを起こしていく」ことをゴールとし、登壇者からの生理に関する講義と、生徒同士のディスカッションが行われました。

10代にとって、オープンに話す機会が少ないテーマにもかかわらず、生徒からは積極的な意見発表が行われ、会場は大いに盛り上がりました。

自分の体と向き合うきっかけづくりを

この日横浜女学院中学・高等学校の体育館には、中学1年生から高校3年生までの全学年と教員が揃い、潮田さんら5名の登壇者を出迎えました。

潮田さんは自身の現役時代を振り返り、試合に向け体のコンディショニングを整える過程のなかで、なぜか生理への知識が欠如していたことや、もっと自分の体を大切にするべきだったと後悔していることを話し、今日が自分自身の体に向き合うきっかけになってほしいというメッセージを投げかけました。

講演は、須永教授による生理の仕組みからスタート。

アスリートらによる生理痛やピルの利用などに関する体験談が共有されたのち、生徒たち自身によるディスカッションと発表形式で行われました。

この日、生徒たちに考えてほしいこととして挙げられたのは以下の3つです。

・月経周期(月経前、月経中、月経後)  に自分の心や身体にどんな変化がありますか? 

・不調な時どんな症状がありますか?

・生理について話す相手はいますか

※「生理」の医学的用語が「月経」。

まずは基本的な月経の仕組みについて、日本体育大学の須永教授から解説。生理が安定した周期で起こるには、脳が関係しているという内容には驚いた生徒も多かった様子。脳から適切なタイミングで信号が出され、適切な量のホルモンが分泌されたときに初めて生理が起きるという仕組みから、いかに生理周期が女性の健康のバロメーターになっているかがわかります。

平均的な初経は一般女性で12.2歳、アスリートで12.9歳と大差はありません。初経から3,4年は生理周期が不順になりやすいため、中学生から高校生の時期は特に不順を感じやすい時期といえます。

一般的に毎月1回と考えられている生理ですが、生理周期は25日から38日といわれているため、人によっては月初と月末に2回生理が来ることもあれば、丸1ヶ月空くというケースもあります。こうした事前知識をもとに、須永教授からは「無月経になっていないか」「自分の生理周期を認識できているか」といった質問が投げかけられました。

まだ初経を迎えていない場合、生理周期が平均から外れる場合には、婦人科を早めに受診することも自分の体のためには大切な行動です。

「大学生に聞いても、婦人科に行くのはハードルが高いという声が多くあります。10代ならなおさら。でも婦人科に行くのは決して恥ずかしいことではありません。たとえば学校の養護教諭の方が安心して通える病院を紹介してあげることも大切です」須永教授は話します。

続いて、男性ホルモンの変化と比較して、女性ホルモンの量は月経周期の中で大きく変化を見せることがわかるグラフが示されました。この変化が、筋肉や神経に影響を与えることから、生理前後のコンディション変化が生まれます。

須永教授がとったアンケートでは、トップアスリートの91%、日本体育大学の学生の80%が生理によるコンディションの変化を感じているといいます。

「私自身もコンディションの変化が大きく、生理前はイライラするなど気持ちのコントロールができていないと感じていました。逆に生理終盤からは調子が上がり、そのタイミングの大会ではいい成績が出る。全て女性アスリートであるが故のことなので、その中でベストを尽くすことが大切」と自身のケースを語ってくれたのは杉山さん。

そして、潮田さんから「女性はホルモンによって絶対的な波がある。互いの経験を話し合ってみてほしい」とディスカッションテーマが投げかけられます

生徒グループから「症状にも個人差があると分かった。人によって、お腹が痛い、頭が痛い、イライラする、眠くなるなど、症状が同じではない」

という発表があると、潮田さんは「もう今日はここで終わってもいいくらい素晴らしい気づきです!」と感嘆の声を上げました。

また、「イライラしているつもりはなくても、生理が始まったことを母に伝えると“やっぱり”と言われることから、他人には変化が伝わっていることもある」という体験談がシェアされると、会場からもうなづきが。

発表後、潮田さんからは「生理の症状は個人差があり、自分を理解することが大切」と強いメッセージが投げかけられました。

PMSが選手生命に影響も…?

そして、“月経周期に伴う体調変化”と、そこを細分化して理解していくパートへ入ります。

須永教授が日本体育大学の女子学生にとったアンケートによると、月経中に次いで月経前にも調子が悪くなるという割合も一定数おり、逆に生理後は調子が上がると自覚する人が多いことがわかりました。

生理通やPMSの対策としてピルを使う人もいますが、ここで飛び込み競技の中川さんから自身の体験談が。

「私はPMSをよく感じており、食欲、特に甘いものを食べたくなることが多かったです。PMSだから仕方ないと考えていましたが、北京オリンピックの決勝前に今まで感じたことのない生理痛に襲われ立てなくなりました。その後、ロンドン五輪前にはピルを服用したものの、体に合わずむくみや筋肉量の減少につながってしまいました。今ではピルも多くの種類がありますが、当時は生理を止めてくれるものという理解しかなかったのが悔やまれます」

と、PMSに端を発し、選手生命にも影響を与えかねない事態になった経験を話してくれました。

須永教授からは、ピルはうまく服用すれば生理による体調の波を抑えてくれるもの。副作用が起きる場合もあるので、初めに処方されたものが合わない場合には産婦人科でその結果を伝え直してほしい、とピル利用の際のアドバイスが伝えられました。

“生理痛やコンディションの変化を、家族や友人、先生などの他者にどのように伝えればいいか”をテーマとなった最後のパートでは、ディスカッションタイムに男性教員陣も参加。

「無理に共有してもらったり、オープンにする必要はないが、こうした場で男性教員も正しい知識をつけることで、相談を受けたときにも対応できるようになる」という声が挙がりました。

須永教授は、特に男性コーチや教員からは「生理の話題がセクハラにとらえられるのではないか」という相談を受けることもあると話し、その中で、伝える側と伝えられる側両方が考える必要のあるテーマであると語気を強めました。

講演の最後には、今日のディスカッションを踏まえて今後どのように行動してみたいかをグループごとに紙に書いてもらうことに。

一斉に掲げられたカードには、

「思いやり」

「知る」

といったキーワードが並びました。

そして、これらの言葉を見た登坂さんから、生徒たちへメッセージが送られました。

「やはり、知っていることの中からしか選択は出てきません。まずはいろんなことを知ることで、自分に合う選択をしてほしいですね」

講演後には、登壇したアスリートからこの日の感想を生徒へインタビューする一幕もありました。

今回の講演の司会進行を務めたのは、生徒主導の「実行委員」。感想を聞かれた生徒は、生理に関する体や心の状況の悩みを相談する環境づくりの重要性を実感したといいます。生理前の食欲の増加にも悩んでいたものの、今回の話からそれがホルモンによる作用であることを学び、安心できたそうです。

また、このような活動が自分の将来にもつながる、家族にも共有したい、と意欲的に話してくれた言葉が印象的でした。保健の授業だけでは気づけなかったり、意外と正しく知らなかったことが多く、自分の生理についてきちんと一度振り返ってみたいといった声もありました。

生徒からのインタビューを受けた杉山さんは、生徒たちが自身の体に真剣に向き合ってくれたことへの嬉しさを抑えられなかった様子。ご自身としても女性の体に関する知識を深め、これからもこのような活動を続けていきたいという思いが伝えられました。

参加した先生は、「私の時代は、生理は我慢するものという風潮がありました。『(痛みや不調があることを)言っていい』と表立って伝えることは、とても新しいものだと感じました。思いやる気持ちが必要だとあらためて感じさせられました」と話しており、指導者としての意識にも変化がありました。

女子生徒達にとって、こういった大人数が集う場でディスカッションするテーマとしては“重さ”があったことでしょう。しかし、アスリートがオープンに実体験やアドバイスを話すことで、生徒たちは自身の体について深く知り、周囲と理解しあう重要性を強く感じたようでした。