2023年3月20日、ロンドン五輪ボクシングミドル級金メダリストであり元WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(むらた・りょうた)さんが、ぐんま国際アカデミーの生徒へ講演会を実施。終了後には、「課題の認知を広げるためには?」をテーマにワークショップも開催しました。

本イベントは、「HEROs LAB」の一環として開催。現役・引退アスリートが母校の生徒に直接メッセージを伝える、次世代応援企画となっています。

https://sportsmanship-heros.jp/action/lab/

今回の舞台であるぐんま国際アカデミーは、高校生ボランティア・アワード2022にて村田さんによって『日本財団HEROs賞 』に選出された学校です。

少年院訪問・更生支援活動など自身の活動を伝えた村田さんですが、学生との合流を通じて「予想外の気づきをもらうことができた」とのこと。果たして今回のイベントを通じて、どのような気づきを得たのでしょうか。これからの教育に対して抱く思い、アスリートの社会貢献活動についても迫ります。

高校生との対話で気づかされた「自分の弱点」

HEROsの活動に参加しはじめたのは、日本財団常務理事の笹川(順平)さんに声をかけていただいたことがきっかけです。もともと教育をはじめとした社会問題への意識を持つようになったのは、父が障がい者柔道の施設で仕事をしていて、母も教師だったという家庭環境も影響しています。

そういう背景もあって、今回のHEROsLABは、お話をいただいてからすぐに参加することを決めました。

ただ、僕は自分のこういった活動を “社会貢献” とは言いません。なぜなら、これまでのご縁のなかで必要とされている中で、それに応えているだけだからです。最初から社会貢献をしようと思って取り組んでいるわけではありません。周りからどのように見られても構いませんが、活動について自分の口から “社会貢献”というのは性に合わないというか……僕は僕なりの考え方でやらせてもらっています。

そんな中、今回のHEROsLABでは、フレキシブルな思考をもった高校生から予想外の気づきをもらうことができました。

https://sportsmanship-heros.jp/article/230320-1/

僕は少年院を訪問して更生支援活動をしていますが、そこには加害者だけでなく被害者の存在もありますよね。僕自身は、加害者となってしまった人間の存在が近くにあったことで、彼らの支援活動をはじめました。ただ、事情を知らない世の中の人たちからは「どうして加害者を助けるのか」と言われ、ハレーションが発生してしまうのは当然のこと。でも、僕はそれに気づくことができないほど、視野が狭くなっていました。今思えば、そこが自分の弱点だったのかもしれません。

今日、対話をした高校生たちの発想は、自分とまったく違うものでした。実際、年齢を重ねるごとにフレキシブルさが薄れてきていて、自分の狭い視野にとらわれてしまっているんだなと感じています。それでは何も生まれないし、世の中を変えることもできないと高校生に気づかされました。

他者との対話から新たな気づきが生まれる

あらためて、自分の活動は、さまざまな立場の意見を考慮して慎重に進めていくべきだと感じました。今後は、被害者の方の声をしっかり拾っていきたいと思います。その声を取り組みに反映させたり、世の中に伝えたりすることによって、もっと活動を応援してもらえるようになると思うので。

社会のさまざまな課題に対して僕が明確な答えを持っているわけではありません。だからこそ、一緒に考えて言葉にしていくことが大切です。他者との対話を通じて新たな気づきがありますし、これからも今回のような機会をつくっていきたいと思います。

少年院の元受刑者を雇用をしている企業さんともお話する機会があるのですが、「みんなに応援される形でやっていきませんか?」と伝えていきたいですね。新たな動きが生まれるかもしれませんし、それによってほかの企業もそういった人を雇用しやすくなると思います。みんなが納得したうえで、活動を進めていけるようにしていきたいです。

求められる教育の変化…「与える」から「引き出す」へ

今回は高校生に向けて話をしましたが、僕が社会、とくに教育に目を向けるようになったのは、子どもが生まれたことがきっかけでした。教育は大人が子どもに与えることができる「ギフト」だと思っています。

よく考えるのは、時代の変化に合わせて教育も変えていくべきだということ。何十年も同じ教科・内容を、変わらないやり方で教えているのは違和感があります。スマートフォンが普及して、現在はChatGPTが話題になっていますよね。これまでの教育が進めてきたインプットの学習は、必要が無くなっているのではないかと感じます。それよりも、人間にしかできない関係性を構築したり思いを引き出したりする、クリエイティブな対話による学習が大切だと思うんです。

その思いを象徴する、高校時代のエピソードが1つあります。僕が所属していた部活では、春になると入部を希望する新入生に対して、現役の部員が「僕に勝てると思う人は手を挙げてください」と呼びかけ、立候補した生徒にデモンストレーションとなる試合をするのが慣例としてありました。

僕が高校3年生のとき、体重60キロくらいの体格の小さい後輩が試合をすることになったのですが、相手の新入生は90キロくらいある空手の有段者だったんです。後輩は、体格差のある相手になす術なくやられてしまいました。

それを見て、スパーリングの相手として僕が名乗り出ました。結果、何発か打撃を打ったところで、新入生は脳震盪をおこして病院へ搬送されてしまいました。もちろん次の日、当時顧問だった武元前川(たけもと・まえかわ)先生に呼ばれて……「これは怒られてボコボコにされるな」と覚悟をしていました。ただ、そのときに先生から言われたのは、「村田、昨日殴ったのか?お前の拳は人とは違うんだ。そんなところで使うんじゃない」と。

当時は怒られなくてラッキーくらいにしか思わなかったんですけど、今となっては、「ボクシング部としてのプライドを守りたい」という僕の気持ちを、先生が汲んでくれたんだなと。僕のプライドを引き出してくれた、先生とのいちばん印象的なエピソードです。

本当の教育者というのは、先生みたいな人なんだろうなと思います。僕も、ただ言葉を与えるだけではなくて、自分の経験を伝えることで子どもたちの持っている可能性を引き出してあげたいですね。

目標ではなく「目的」が、人生を豊かにする

今の日本には変えていくべき部分がたくさんあると、活動を通して感じています。例えば、「過度の競争」が多くの子どもたちを非行に走らせてしまっている可能性は大いにあると思います。

子どもたちは、特別になりたくて勉強やスポーツを頑張ります。ときには期待をされることもあります。そんな中、思い通りにいかなかったとき、安易な悪い方法で特別になろうとするんですよね。悪い方向で一番になろう、と。僕もそう思った経験があるので、すごく気持ちは分かります。

人間という生き物は本能的に競争を止めることはできません。ではどうするべきか。僕は、競争の先にある幸せを伝えることが大切だと思っています。アスリートはそういった点で力になれると考えています。

僕たちは競技を通じて自分と向き合ってきました。良いときもあれば悪いときもあるアスリート人生は、数年の間ですが、さまざまな経験が濃縮されています。そこから伝えられることがあると思っているんです。とくに何かを成し遂げたアスリートの言葉には説得力があるし、発信力もある。十分に活用していくべきかなと。

僕が競技を通じて感じたことは、人生を豊かにするためには『目標』ではなく『目的』が大切であるということです。どうしても大会の成績などの目標にとらわれてしまい、それを達成した者が勝者というイメージがありますよね。でも、本当に大事なのは何のためにそれをやるのか、なぜそれをするのか、という部分。

僕自身、自分の掲げた目標を達成した人間ではありますが、それで満足できたかといえばそうではありません。目標を達成したあとも続く長い人生において、過去の栄光はただ虚しいものであると感じました。

本当に自分のためにその目標を達成してきたのか?と思うと決してそうではありませんでした。だからこそ今は、誰かのためになることをすることに力を注いでいます。

行動を自分のためから 『人のため』に昇華させていく、とも言えるかもしれません。そして、これこそが『社会貢献』と言えるのではないでしょうか。