この二人の出会いが、スポーツ界と一般社会をより近づけ、それぞれが持つ課題を解消する一歩となるかもしれません。
そう感じさせるのは、元バドミントン日本代表 潮田玲子さんと、“社会派”クリエイティブディレクター 辻愛沙子さん。それぞれ『Woman’s ways』と『Ladyknows』というプロジェクトの発起人として、女性が受け入れざるを得なかった「生きづらさ」の解決に取り組んでいます。

「選手として戦う」女性と、「社会で働く」女性。それぞれの世界が交わるとき、大きな社会構造をも変えるパワーが生まれるのかもしれません。

10年前から進まない、アスリートの生理への理解

ーお二人はどちらも「女性が抱える困難の解決」を目指してそれぞれプロジェクトを立ち上げていらっしゃいますが、お会いするのは初めてですか?
 
辻 愛沙子さん(以下、辻):直接お会いするのは初めてですね。でもよくお見かけしているので、もちろん存じ上げています。

潮田玲子さん(以下、潮田):私もです。今日は楽しみにしてました。

ー潮田さんは、女子アスリートが安心して競技を続けられる環境づくりを目指して『Woman’s Ways』という団体を立ち上げました。なかでも生理の正しい知識の発信に注力していらっしゃいますよね。
 
潮田:私の現役時代は、選手のコンディションづくりに「生理」による体調の変化は全く考慮に入れられていませんでした。そのことを私自身当たり前のように受け入れていたんです。どんなに苦しくてもそこに大会があるなら「仕方がない」ととらえていました。
 
辻:相談したいことがあるときは、どうしていたんですか?
 
潮田:自分で婦人科に行っていました。22歳くらいのとき、大きな大会と生理が被らないようピルを処方してもらえないか相談に行ったんです。ドーピングに引っかからないよう先生に相談したのですが、まだアスリートのピル服用はメジャーではなかったので先生も知識がなくて。「問題ない」と確認してもらっても、どこか不安な気持ちが残っていたのを覚えています。
 
辻:悪いことをしているわけじゃないのに、不安を抱えなければいけない。治療や身体的パフォーマンスの向上のためにスポーツドクターがいるように、婦人科領域にもアスリートならではの課題感を理解している専門家が必要ですね。

ー潮田さんの引退から10年が経ちますが、選手の環境はどのように変化していますか?
 
潮田:女性の体への理解が遅れている状況は、同じだと感じます。バドミントンに限らず、生理が3ヶ月以上来ていない選手は結構います。体調が悪くても「やる気ないなら帰れ」なんて言葉を指導者から掛けられたりすると、むしろ(生理が)来ない方が楽と話す選手もいるくらいです。
 
辻:ビジネスパーソンのなかでも、日々の自己管理は、メンタルや体調、生理や気圧の影響まで幅広い領域で年々大きな関心ごとになっています。ホルモンバランスなんて身体的にもメンタル的にもパフォーマンスに影響するど真ん中の話で、アスリートならなおさら“骨が折れたら治す”くらい当たり前のことのはずなのに。
 
潮田:私も、今思えば不思議なくらいです。でも指導者からすれば「そのとき調子が良い選手を使う」のも当然のこと。次のメンバーから外されたくないと思うと、体調が悪くても口に出せないのは理解できます。
 
辻:たしかに、ビジネスでは中長期で頑張り続けられる体作りという考え方になるけど、選手生命のなかでは「今この瞬間に100%のパフォーマンスを」というプレッシャーも乗っかってきますよね。

ー特に若い選手ほど指導者の言葉の影響は大きそうですね。『Woman’s Ways』では、生理の知識を伝えるセミナーを、スポーツチーム向けに開催もしています。
 
潮田:もちろんアスリートである以上、「この大会で結果を残さないと将来がない」というプレッシャーがなくなることはないと思います。それでも、引退後に苦しまないための注意喚起をするというのはすごく大事。
 
たとえば思春期の発育を迎える高校3年間と、大人になってからの3年間では、その後に与える影響が全く違います。だからこそ周りの大人のサポートが重要になってきます。

課題解決のための「課題」は、NOと言えない社会構造

ー発信活動を経て、新たに見つかった課題はありますか?

潮田:セミナーを聞いた選手は、みんな口を揃えて「監督やコーチにも聞いてほしい!」と言いますね。選手だけが女性の体を知っても、相談できない環境は変わらない。そこには思っていても言えない「上下関係」がどうしても存在します。
 
辻:企業で働く女性と、同じ課題かもしれないですね。いくら働き方の多様性や産後復帰の制度を女性が勉強しても、意思決定層に男性が多い以上なかなか主張しにくいし、現実の制度は変わらない。そこにあるのは単なる上下関係ではなく、「NOと言えない社会構造」でもあると思います。
 
潮田:周りから見れば些細なこと。だけど自分にとっては大きなことを「NO」と言えないって、本当につらいんですよね。
 
辻:そういうのってハラスメントにも繋がっていくと思うんですよ。アスリートの方から相談を受けることも多いのですが、その中には明らかに性被害に近いようなこともある。でも相手が指導者や、チームがアサインしたスタッフの場合は声を上げづらい。少し時間が経ってからも、自分のキャリアが揺らぐことを恐れて声を上げなかったかつての自分をさらに責めてしまうような方も周りにいました。
 
ー潮田さん自身も「美人アスリート」としてメディアに取り上げられるなか、膝上20cmのワンピースタイプのユニフォームが“悩殺コスチューム”として話題にもなりました。

潮田:「嫌だ」とは、大きな声では言えませんでしたね。観客動員数が増えれば、次世代の育成環境にもつながる。そういう構造を理解はしていました。性的な視点で切り取られた写真を撮られても、抗議をしたところで「そんなユニフォームを着ているから悪いんだ」と言われてしまいますし。

辻:さっきの「生理は悪」という話もそうですけど、そういったことが重なると「女性性の否定」にもつながっていきますよね。女子アスリートがメイクをすると「色気付くな」と言われることも、結局は同じ仕組みのなかで起こってる。

ー女性性を強調させられることも、女性性を出すなと言われることも、女性側に選択権がない状況から生まれています。

潮田:たとえば、練習後のマッサージを男性のトレーナーにされることに抵抗を感じていた時期がありました。治療で際どい部分に鍼を刺さなきゃいけないときも、どこか嫌だなと感じる気持ちがあった。でもそんなことを言って「意識しすぎだ」「体のケアをしてもらえるだけありがたく思え」と言われてしまうのが怖かったですね。
 
辻:ハラスメントの件も、「自分が考えすぎなのか」とか「自分が“女”を出してしまったのかもしれない」って責めてしまう人もいるんです。普通に考えれば、立場が上の男性からプレッシャーをかけられたり強要されれば「怖い」と感じるのは当たり前のこと。でもその「怖い」という感情さえ、甘えや弱さと言われてしまう。
 
潮田:多分、「生理が辛い」と言えないことも、女性性=弱さや甘えを見せたくないという気持ちにつながっている気がします。

「女性の問題」と一括りにする怖さ

ーLadyknowsを立ち上げ、ジェンダー問題の解決のための活動を続けてきた辻さんですが、スポーツ界のジェンダー問題をお聞きになってどう感じましたか?

辻:「ジェンダー問題」って、どこか女性と男性の対立のように語られてしまうことが多いように感じるのですが、課題は特定の性別ではなく、その不均衡を起こし許容してしまっている社会構造にあると考えています。今日お話しさせていただいて、それはスポーツ界でも同じだと感じました。お話に挙がったような「生きづらさ」や「体調の変化」といった悩みは、男性やその他の性別の方々でだって感じている人はきっといるはず。でも、「男”なのに”弱音を吐いてはいけない」と自分を抑圧してしまっていたり。そう考えると、やはりジェンダーの問題って、特定の性別の人だけの問題ではなく全員が当事者だと思うんです。いろんなバイアスを取っ払って事実を見ることで、一緒に向き合うことができるんじゃないかな。

潮田:男性のアスリートも、ホルモンバランスによるバイオリズムに悩むこともあるそうです。生理でいえば、女性のなかにも生理痛が重い人もいれば軽い人もいるし、そもそも毎月同じ症状ではないこともあるから、一つのルールで解決できるものではないですよね。
 
辻:私が『Ladyknows』をつくったのは、女性 vs 男性の対立構造ではなく、いろんな色をもった人たちが一緒に今の社会課題に向き合えるプロジェクトを作りたかったから。「女性を知る、社会を知る、自分を知る」というキャッチコピーには、女性の課題をきっかけに、社会の課題をファクトで知る。その中で生きる自分はどうか、を考えてほしいという思いを込めました。
 
潮田:たしかに、問題は「男性の指導者だから」ではないんですよね。むしろ最近は指導側も、選手の理解を深めようとする動きを感じています。

ー競技の性質、年齢、未婚/既婚、産後復帰の希望・・・。最近では“メンズ”であることをカミングアウトする選手も増えています。「女子アスリート」という言葉で一括りにすると、見えなくなる部分が多そうですね。

辻:「引き」と「寄り」の両方の視点で見ることが大切です。データを見てファクトを知ることは重要なんですが、それだと一人ひとりのライフイシューが見えなくなってしまう。だから『Ladyknows』には、課題を数字で見る「Data」と個人の声を届ける「Voice」両方のコンテンツを用意しています。
 
潮田:どちらのバランスも大事ですよね。アスリートの世界でよく起こるのは、指導者が個人の経験だけをベースに判断してしまうこと。ある監督が、生理のときにたまたまパフォーマンスがよかったという理由で、選手が生理痛を訴えても休ませなかったという話もあります。
 
辻:そんなこともあるんですね!それはますます弱音なんて吐けない環境ですね・・・。社会全体に対しても感じているんですが、”120%頑張り続けられる人”を前提に社会が設計されすぎているように思うんです。介護やメンタル不調や育児のような事情だってそうですし、日常の中でも「あれ、今日ちょっと調子悪いな」とか「低気圧でやる気が出ないな」とか、100%でい続けられない瞬間って誰にでもあるはずじゃないですか。でもそれをなかった事にした前提で社会が成り立っていることに違和感があります。企業も、下手すると生理だってピルさえあれば100%、120%のパフォーマンスが発揮できる、みたいなことを堂々と言ってしまっていたり・・・(苦笑)
 
潮田:そうかもしれない!できないことがあるって言えないですよね。少し話は変わりますが、産後復帰する選手が増えないのも関係あるんじゃないかな。選手として100%の状態を維持しながら子育てなんて、10年前も今も考えられないという選手が多いと思います。

潮田:そこも一筋縄ではいかないですよね。監督が女性の身体の仕組みを理解したからと言って、「お前生理だろ、大丈夫か」って声はかけてほしくない選手が大半だと思います。
 
辻:言いたいときにいつでも言える環境を用意するのがいいのかもしれないですね。突然警察が「大丈夫ですか?」って声かけてきたらびっくりするけど、自分から駆け込める交番がいつでもそこにあるから安心できる、というか。
 
潮田:言いやすい空気作りなのかな。たとえば『Woman’s Ways』のセミナーの最後に、隣に座った人とお互いの生理について少し話をしてみる時間を用意することもあります。自分からは突然話しにくいことでも、セミナーをきっかけに一度ハードルを越えてみると次から話しやすくなることもあるのではないかなと。


辻:あとは、生理にまつわるものをサンプリングしてみるとか。生理用品のメーカーさんでもいいし、最近ではスポーツ時にも履ける生理用ショーツもありますよね。


ー生理への“アンタッチャブル”感が薄まりそうですね。

辻:気をつけなければいけないのは、「その活動をしたから生理痛問題がなくなる」みたいな誤解をしないこと。少し前に、「生理は個性」というキャッチコピーが炎上したことがありました。「生理や体の悩みは全員違う」という事実を、「個性」というポジティブな言葉で無理矢理キラキララッピングしたのが炎上の原因だと考えています。
 
解決策一つで、全ての課題がポジティブに変換することはないんです。あくまで、知ってもらうことや、ステレオタイプを無くしていくこと、1人じゃないと安心してもらうことのようなステップがある。こうなるともう、性教育からテコ入れしたくなっていくんですが(笑)。
 
潮田:指導者が女性の体の理解を深めたからといって、生理で体調が悪い選手を尊重して、そのポジションに新しい選手を入れないとはならないですからね。そこはチーム全体でしっかりコミュニケーションをとっていかなければいけないと思います。

意思決定層の変革を。ルールチェンジを起こせ

ースポーツ界のジェンダー問題の改善には、どのような動きが必要だと考えますか?
 
辻:会社に置き換えて考えると、マネジメント層や経営層の意識変革が重要です。たとえば意思決定層の9割が同じ年齢層の男性だった時代から、女性やジェンダー課題にリテラシーのある層が5割、6割と増えていく。今はまだ課題解決の機運が高いのはプレーヤー層に比較的多いように感じていますが、10年、15年後には彼ら彼女らが上のレイヤーに上がっていったり、既存の意思決定層の意識も少しづつ変わっていったりすると思っています。
 
潮田:指導者の変革は本当に必要ですね。指導者のライセンスプログラムに、女性指導を念頭に置いた内容が盛り込まれるとか。
 
辻:アスリートの指導者が、アスリートの体のことを知るって当たり前のことですよね。決算書が読めずして経営の課題を根本から理解するのは難しいし、食材のことを知らずして美味しい料理を作ることはできないように。”できたらいいね”ではなく、必須という意識を根付かせていかないといけないように思います。
 
潮田:あとは、女性指導者がより増えていくこと。まだあまり聞きませんが、女性が男性チームの監督になる、みたいなことももっと起きていいと思っています。
 
辻:選手としてのスキルと、指導者としてのスキルは別物と言われますが、選手側のバイアスもまだ強いように思います。女性チームの監督が男性という構図はよく見ますが、逆はあまり見かけませんよね。女性が監督になったとして「選手の俺の方が足が速い」みたいな感情ってまだあると思うんですよ。そうした意識を変える存在が現れることも期待しています。

ー「社会で働く女性」と「選手として戦う女性」が同じ課題を抱え、その解決策の緒(いとぐち)も共通しているというのは大きな気づきでした。双方の関わりをより増やすようなアイデアはあるのでしょうか。
 
辻:アスリートがコンディションを整えるために行っていることは、ビジネスパーソンとしても学んで参考にすべきことが沢山あるように思います。アスリートたちが当たり前にやっているような、ミリ単位で心身のコンディションを整える習慣って、私たちビジネスパーソンからするとかなり衝撃に思う人も少なくないんじゃないかなと。それができればパフォーマンスもっと上がるのに!という習慣を、女性のバイオリズムの観点でもメンタルやフィジカル面でもアスリートから学んでみたいです。
 
潮田:そういう場はたくさん作れると思います。逆にアスリートからは、ビジネス社会で当たり前になっている仕組みをもっと取り入れていきたいですね。
 
辻:たとえば最近だと、女性のみの産婦人科の先生や婦人科検診に特化したクリニックも増えています。そうした医師や病院と、スポーツチームのマッチングがしやすくなると、たとえば女性の整体師を探すようなこともできるようになりますね。
 
潮田:たしかに。私たちが困っていることって、実は世にあるITサービスで簡単に解決できることもあるかもしれないですね。選手やチームにとって選択肢が増える取り組みを進めていきたいです。まだまだお話したいですが、時間が足りないですね(笑)。
 
辻:お互いの活動に、こんなに共通点が多いなんて、私も嬉しいです。これから一緒にできることも多そうですね。楽しみです!