本企画はスポーツの力を活用して社会貢献活動を推進する日本財団のプロジェクト「HEROs」と共同で実施している特集企画です。HEROsではアスリートや非営利団体に対して活動支援(資金提供)も行っています。詳細はHEROsのHPで!

Jリーグは『シャレン!(社会連携活動)』と題し、Jクラブと地域団体の協働による社会課題の解決を促進しています。明治安田生命J2リーグに所属するツエーゲン金沢も、積極的に地域活動に取り組むクラブの一つです。

同クラブは2020年4月、貧困に悩む子どもたちの食事を支援するため、フードバンクへの食品寄贈活動をスタート。その後、選手たちが中心となって「Kids Smile Project」を立ち上げました。21年には、視覚障がい者対象の観戦会「Future Challenge Project」を実施。地域を巻き込んだ取り組みを、多岐にわたり実現しています。

こうした取り組みの中心となっているのが、ホームタウン担当の灰田さち(はいだ・さち)さんです。地元・石川のために奮闘する灰田さんに、クラブが地域活動に取り組む理由や、目指すべき姿について伺いました。

(過去の灰田さん関連記事はこちら)

【AZrena】灰田さち(元広島、現ツエーゲン金沢)が語る、Jクラブで働く魅力。

キャプテンの呼びかけから、始動したプロジェクト

―まずは「Kids Smile Project」の取り組みを始めた経緯を教えていただけますか?

2020年4月からクラブが行なっていた、フードバンクへの食品寄贈活動がきっかけです。この活動を知ったキャプテンの廣井(友信)から、「コロナ禍で試合がないなかで、自分にも地域の子どもたちにできることはないか」と相談がありました。

ツエーゲン金沢が実施しているフードドライブの様子

廣井も最初は一人でやろうと思っていたようです。しかし「一人でやるよりも何人か選手を募って取り組んだほうがいいのでは」と相談したところ、廣井から全選手に声を掛けてもらいました。

「子どもたちにお腹いっぱいご飯を食べてほしい」という廣井の思いに賛同した6選手と毎月お金を出し合って、パートナー企業さんから食品を購入し、フードバンクに寄贈するようになりました。最初は7人だけでしたが、2021年のキャンプ中にあらためて他の選手に働きかけたところ、大半の選手が協力してくれることになりました。

資金も多く集まり、フードバンクへの寄贈以外にもできることがないか考え始めました。例えば、児童養護施設にサッカーボールを寄贈するなど。これらを一つのプロジェクトにしたほうが、活動の趣旨を理解してもらえるし、継続していけるのではないかと考え、「Kids Smile Project」を立ち上げました。

―「子どもたちを食事面で支援する」ということは、社会課題としてあまり認知されていないと感じます。クラブとしてフードバンクの活動をはじめたのはどうしてですか?

金沢市の子育て支援課から、子どもの貧困についての冊子をいただいたことがきっかけです。子どもの7人に1人は相対的貧困状態にあると知った翌日、地元紙の朝刊に「フードバンクの食料が不足している」との記事が掲載されていました。(参考資料

表には見えないけど、給食で栄養を補っている子がいる。コロナ禍でフードバンクの需要は高まったにもかかわらず、供給が追いついていない。クラブとして何かできないかと思い、食品寄贈を始めました。

―表立って見えないこともあり、難しい問題ですね。

最低限の生活は送れるけど栄養が不十分、文房具が買えない、習い事ができない、などの現実があるそうです。それでは将来の可能性を広げることはできませんし、次の世代まで貧困が続いてしまう。実際、ひとり親世代の半数は相対的貧困とのことです。

普通の服を着て学校に通ったり、最低限の生活が送れているからこそ、見えない課題になっていますね。そういった子どもたちを食事の面から支援するのが、フードバンクの取り組みです。

「Kids Smile Project」では勉強会も実施しています。先日行なった第3回は、市の子育て支援課の方に『子どもの貧困』をテーマに講演していただきました。

―過去の勉強会ではどのようなテーマを取り上げたのでしょうか?

第1回が『児童養護施設について』、第2回は『ヤングケアラー』(参照)を取り上げました。第2回は、廣井の「ヤングケアラーについて知りたい」という要望に合わせてテーマを設定しました。

―廣井選手、すごく積極的ですね。

模範となる選手だと思います。ベテランということもあり、競技以外の活動への感度が高いのかもしれません。以前から「スポンサー企業へあいさつ周りをしたい」とも言っていました。他にもポスター撮影など、いろいろな企画に対してノリノリで取り組んでくれます。

廣井友信選手

―他の選手たちのリアクションや、意識の変化を感じることはできますか?

どの選手も、感じるものがあるようです。第1回勉強会のあと、選手を2人ずつ連れて県内の施設を訪問しています。杉浦力斗選手と稲葉楽選手の若手2人と一緒に行ってきました。

2人はぐずって部屋にこもってしまった子のところまで行って、「勉強してるんや、えらいな」と声を掛けていました。帰り道でも「こんなんなら自分の車で来ればよかったな」と、もっと子どもたちと触れ合いたかったのでしょうね。思いをもって子どもたちと接してくれて、嬉しかったです。

「どうしてこの活動をしているのか」きちんと説明することが大切です。趣旨を説明して、理解してもらえれば選手は協力してくれる。それに加えて、ツエーゲンはベテラン選手が前向きに取り組んでくれるのも、大きな要素かなと思います。

―ベテランとしては、地元出身の豊田陽平選手も加入しましたね。

「どこでも行くので、声かけてください」と言ってくれます。彼自身が「郷土愛Jリーガー」を名乗っていますからね(笑)。ありがたいです。

多くの団体と連携し、生まれる繋がり

―「Future Challenge Project」はどういった内容なのでしょうか?

視覚障がい者向けの観戦会です。地元の金城大学、金沢星稜大学の学生が介助ボランティアを務めてくれて、クラブのオフィシャルパートナーである株式会社アイ・オー・データ機器さまの音声配信サービスPlatCast(プラットキャスト)を使って実況・解説が聞けるんです。

スタジアムに来るのが初めての視覚障がい者の方も、たくさんいらっしゃいました。初めて行く場所には大きな不安があるなかで、介助してくれる学生さんの存在が大きかったようです。安心して楽しむことができたとおっしゃっていました。

ホームタウン活動について語る灰田さん

―どのような経緯で開催が決まったのでしょうか?

地域のワークショップで「ツエーゲン金沢にブラインドサッカーのチームがあります」と話したところ、「それなら、視覚障がい者向けの観戦会をやってみたら?」と言われたことがきっかけです。

障がい者の方を対象にした先行事例として、大宮アルディージャさんの「手話応援デー」と、川崎フロンターレさんの「センサリールーム」があったので、私たちにもできると確信していました。

参考記事:「見るサッカー」の垣根をなくす。JFAがSDGsに取り組む理由

この企画はツエーゲンだけではなく、多くの団体と連携して実施しました。まさにJリーグが推進する『シャレン!』の典型となる活動だと思います。全員が「視覚障がい者の方と一緒にサッカー観戦を楽しみたい」と熱い思いを持っていたので、まとめるのが大変でしたね(笑)。一度で終わるのではなく、継続していきたいですね。

―周囲を巻き込むのが『シャレン!』の理想形ですよね。

地元の大学を巻き込めたことも大きいですね。将来、介護系への就職を考えている学生が、実際の現場に触れることができました。学校の授業で習うのとは違った、新しい学びがあったと思います。

駅の改札で参加者をお見送りした時には、学生さんが「せっかく仲良くなれたのに、残念だな」と。介助する側とされる側という関係ではなく、人と人の温かい繋がりができていたことに感動しました。

視覚障害者向け観戦会の様子

地域の課題解決へ。三つのやりたいこと

―灰田さんが地域活動に取り組むようになったきっかけは?

実は、広島にいた時から、この仕事をやりたかったんです。「ツエーゲンをどうしたいか」ではなく、「ツエーゲンを使って、地元をより魅力のある街に」という考え方が合っているかもしれません。

もう一つの大きなきっかけは、私がツエーゲンに入社した2018年に『シャレン!』ができたこと。「もっと地域社会のためにJリーグを使おう」という議論はありましたが、『シャレン!』ができたのを機に「地域の課題ってなんだろう」と考えるようになりました。

―今後、解決したい課題にはどういったものがあるのでしょうか?

二つあります。

一つは、能登エリアのサッカー環境の構築です。奥能登のエリアは子どもが少なく、部活やチームがほとんどありません。本格的に上手くなりたければ、少し離れた珠洲市までいかなければいけない。

そんな環境では、才能ある子の可能性をふいにしてしまうかもしれませんし、ツエーゲンの試合を見に行きたいとも思いません。奥能登エリアの子どもたちが継続してサッカーに触れる環境を整えていきたいです。

二つ目は、『金沢市スポーツ推進計画』への協力です。金沢市は、令和8年度末までに”成人の週一度の運動実施率70%”を目標に掲げています。現在は、まだ目標に達していません。この取り組みに、地域のプロスポーツチームとしてお手伝いできないかなと。

やりたいことはたくさんあるのですが、そこまで手が回っていないのが現状です(笑)。

地域とクラブは「対等なパートナー」

―将来的にはどのような活動を考えていらっしゃいますか?

「Kids Smile Project」については、選手が自発的に取り組んでくれるようになってほしいと思います。今はこちらから促していますが、あくまでも選手たちの活動なので。

3回目の勉強会では、選手がアウトプットする機会をつくりました。複数のグループに分かれて、話を聞いて感じたことを共有します。また、グループの進行も選手に任せました。フロントスタッフも参加していますが、あくまでも困ったらサポートする形です。

―社会人の研修などでも採用される形ですね。どういった選手が中心になって進めているのでしょうか?

廣井、杉浦(恭平)、白井(裕人)、藤村(慶太)、彼らはフードバンク活動に当初から関わっているメンバーですね。あとは、地元出身の豊田、若手の三浦(基瑛)、波本(頼)も中心メンバーです。企画をする時は、彼らと事前に相談しています。グループワークの進行も担ってくれました。

―社会人の研修などでも採用される形ですね。どういった選手が中心になって進めているのでしょうか?

廣井、杉浦(恭平)、白井(裕人)、藤村(慶太)、彼らはフードバンク活動に当初から関わっているメンバーですね。あとは、地元出身の豊田、若手の三浦(基瑛)、波本(頼)も中心メンバーです。企画をする時は、彼らと事前に相談しています。グループワークの進行も担ってくれました。

―若手選手も中心になっているのですね。

ベテラン選手は、自分たちがいなくなった後のことも考えています。若い選手にも関わってほしいと、地元出身の2人に声をかけたようです。私からは何も言っていません。キャンプ中に、「今年はこのメンバーでやります」と連絡がありました。

―そうやって選手の間で輪が広がっていくと。

フロントスタッフと選手が直接関わる機会は、あまり多くありません。だからこそ、選手が「何かやりたい」と思ったときに相談できる環境をつくってあげることが重要です。水戸ホーリーホックさんの『Make Future Projyect』は常にクラブと選手が関わりを持ちながら進めていて、良い環境だなと思います。最近は、アルビレックス新潟さんも積極的に地域活動に取り組んでいる印象です。

―そのような勉強会に選手も参加しているのは驚きです。

数人が参加していました。選手が地域活動の優先順位をどう位置づけているのかは、私には分かりません。ただ、チーム内外で廣井が発言してくれたことで、興味を持ってくれた選手は確実にいます。

―やはり積極的に取り組みについて発信していくべきですよね。世間の目を気にして、取り組みを公にすることをためらうアスリートも少なくありません。

発信しないと認知されない一方で、自己満足と受け取られないように気をつけています。さじ加減を注意したうえで、クラブからの情報発信は必ずするようにしています。サポーターに取り組みを知ってもらい、アクションを起こしてほしいからです。

どのクラブにも共通して、「メディアになかなか取り上げてもらえない」という課題があります。だからこそ、選手の影響力はとても大きい。試合会場でサポーターに食品寄贈を呼びかけた『フードドライブ』でも、「選手がやっているから」という声をたくさん聞きました。

先日、第3回の勉強会のレポートをツイートした際にも、選手に拡散をお願いしました。6人ほどの選手が、引用リツイートをしてくれたのですが、第1回と比較してインプレッションが約7倍になったんです(笑)。すごくビックリしました。

しかし、選手は自身の影響力を実感する機会がありません。活動の結果をしっかり精査してフィードバックするのは、私たちの責任だと思っています。「皆さんのおかげで食品が3tも集まりました。思っている以上に影響力があるんですよ」と伝えるようにしています。

―プロスポーツチームの社会的な存在意義はどういった部分にあると考えていらっしゃいますか?

私は「クラブは、街に元気を与える存在」だと考えています。理想は広島カープですね。カープが優勝した時に、広島の街がすごく盛り上がっていたんです。

カープが3連覇した時には、ちょうど豪雨・土砂災害がありました。当時、被災して仮設住宅で暮らしている高齢のご夫婦がインタビューに答えていました。「カープの連覇を見て、明日からまた頑張ろうという気持ちになりました」と涙ながらに話しているシーンが忘れられません。

―最後に、これからも取り組みを続けていくにあたって一言お願いします。

「支えてあげる、支えてもらうという上下関係ではなく、クラブは地域の一員である」。これはJリーグのホームタウン担当の研究会で講師の方がおっしゃっていた言葉です。対等なパートナーとして関係を構築することで、街はより魅力的になっていく。こうした姿勢を忘れずに取り組んでいきたいです。