プロサッカー選手として、現在明治安田生命J1リーグに所属するコンサドーレ札幌で活躍した曽田雄志さん。現役引退後は、東日本大震災をきっかけにボランティア団体を立ち上げ、北海道のアスリートと共に東北の復興支援活動を行なってきました。その活動が評価され、2013年に『A-bank北海道』を設立。アスリートのキャリア支援や、スポーツを用いた教育事業を展開しています。

今回は、A-bank北海道の設立に至った経緯や、日本の教育、セカンドキャリアに悩むアスリートが抱える問題など、現場と真剣に向き合い続ける曽田さんの想いを伺いました。

北海道のイメージに“スポーツ”はなかった

2009年に引退する前から「自分がスポーツ界に貢献するのであれば何ができるだろう」と考えていました。指導者も一つの選択肢ではありましたが、オリンピック出場歴のあるような方がライバルとなるので、その土俵では戦えないなと。

もし貢献できるのであれば、裏方だろうと考えました。

ただ全く勉強をしてこなかったので、まずは経営学を勉強した方がいいなと思い、MBA(経営学修士)の取得を考えました。取得するなら海外で取った方が面白いと思い、イギリスのマンチェスター大学へ留学するための準備を始めました。

マンチェスター大学院に合格したのが2011年。ちょうど東日本大震災が発生しました。被害も大きく、日本が変わる大きな出来事だと感じましたね。海外留学してエリートな道に進むよりも、実際に社会で起こっている出来事を自分の身で体感しようと考え、海外留学を全てキャンセルしたんです。団体を立ち上げて、東北でボランティア活動を始めました。

北海道も、外国人観光客の流入がパタッと止まりました。これまでは気候も良く、食事も美味しく人気だったのに、震災の影響で良いイメージも揺らいでしまったんです。地元である北海道の価値とはなんなのかを考えましたね。

スポーツについても考えました。コンサドーレ札幌や日本ハムファイターズ、フットサルのエスポラーダ北海道といったスポーツチームがあって、ウィンタースポーツのオリンピアンも多く輩出しており、北海道はすごくスポーツが盛んな地域です。でも北海道のイメージを尋ねた時に、「スポーツ」と答える人がいないように感じました。

せっかくスポーツという財産があるのに、活用できていない。連盟など中心となる団体はあるけど、連携や協力ができていない。震災という負の出来事がきっかけではありますが、北海道のスポーツをアピールできるチャンスだと考えました。

突撃電話から広がったアスリートの輪

まずは、突撃で色々な関係者に電話をかけました。陸上の福島千里さんや、スキージャンプの船木和喜さん、スピードスケートの髙木美帆ちゃんなど北海道のアスリートを紹介してもらえませんかと。結果、皆さんに賛同していただき、競技の枠を超えた20名のアスリートが集まるボランティア団体「EN project Japan」を立ち上げることができました。

アスリート自ら呼びかけることで、ボランティアの輪が広がるだろうと考えました。また、会社を経営している友人に協力してもらい事務局もつくりました。プロジェクトを進めていたのですが、気づいたら自分の貯金が無くなってしまって、その日暮らしになってしまったんです。

人を助けているはずの自分がお金が無くて困るのも変だと思いました。海外留学の段階で仕事も辞めていましたし、「またお金のために働かないといけないのか」と。そんな時に、知らない番号から電話が掛かってきました。ソフトバンクの社長室からだったんです。

当時孫正義さんが立ち上げた復興財団の理事の方からで、「素晴らしい活動をされていますね、応援させてください」と。資金的な支援はいただけませんでしたが、人を紹介していただけました。紹介いただいた方は、文部科学省の方だったのですが、高校の先輩で。奇跡でしたね(笑)。

「曽田君のことは知っていたよ。同じようにアスリートと一緒に頑張っている人がいるから紹介させてほしい」ということで、バレーボールの柳本晶一さんを紹介していただきました。柳本さんは『アスリートネットワーク』というアスリートを通じた社会貢献活動を展開している団体の理事長をされています。柳本さんとお話しをさせていただいて、僕もアスリートネットワークを手伝うことになりました。北海道内での活動からネットワークが全国に広がったので、どのように活用したら有効なのかを考えました。

考えていくうちに、スポーツ業界だけでなく、個人的に興味があった教育分野の課題も解決できたらいいなと思いました。アスリートにさまざまな仕事の選択肢を与えるキャリア支援。小学校の体育の授業では専門的な指導ができず、部活動でも夢を育むことができない子どもが増えているという学校教育の課題解決。これらを組み合わせて『A‐bank北海道』のもととなる事業を計画し始めました。

スポーツの力で、日本の教育現場改革を

現役引退後は、北海道庁からの依頼で北海道が認定する道徳の先生として、10年くらい教育界に関わっていました。当時から札幌市の教育長さんや、札幌市長さんから「こんなことをやってほしい」と話を伺っていて、教育に興味を持ち始めました。

はじめに教育委員会に行き、アスリートの学校への定期派遣について働きかけました。アスリートは教育について正しい知識があるわけではないので、学校の現場へ送るにはリスクもあります。理解を得るまでは時間がかかりましたね。自分で教材を作って、実証実験をした結果を見てもらいました。

良い評価はいただけたのですが、一方で「曽田さんは大卒だけど、そうではないアスリートの方ではどうなのか」という意見もありましたね。アスリートを学校に派遣する権利をもらうことができるまで半年はかかってしまいました。

画像1
<写真:本人提供>

実際に学校教育の現場に足を運んで課題を感じるのは、子どもたちではなく大人ですね。子どもたちが夢を育める環境になっていないことを、認識できていないんです。夢は好きなことや楽しいこと、憧れからしか生まれません。子どもたちは、大人がつくっている社会から影響を受けます。なのに、「夢とはどういうものなのか、何から生まれるのか」を追求している大人が周りにはいませんでした。

子どもたちが夢を育むためには、僕たち大人がかっこよく働く姿を見せる必要があると思います。僕は必ず先生にも「先生の今の夢はなんですか?」と質問をするようにしています。残念ながら、答えられる人はほとんどいないのが現実です。

学校教育に関わる上で、先生方の考えは優先するようにしています。子どもたちの未来を豊かにするために先生たちが日々取り組んでくれているんだということは忘れないようにしています。先生たちが悪者になるようなことは絶対にしない。

例えば、アスリートが自分の考えをそのまま子どもたちに伝えると、普段先生が言っていること違うことを伝えてしまう可能性がありますよね。それを防ぐために、普段どのような話をしているのか、しっかりと打ち合わせをしています。僕たちはあくまでもサポートするという形ですね。

学校への派遣では、アスリートを実績で選ばないようにしています。集客だけを考えればオリンピックメダリストの方が良いのかもしれませんが、その人自身のパーソナルな部分が重要だと思っていて。情熱をもって物事に取り組む人の話の方が、響きますよね。

話してくれる大人が真剣であれば、子どもたちは聞いてくれますし新たな気づきを得てくれます。様々な種目のアスリートや、スポーツ以外のジャンルの方にも協力してもらうことで、気づきの量を増やせる環境をつくってあげたいです。

僕たちが子どもの時と比べて、今の時代は予測不可能な困難が襲ってくる可能性が多くなっています。それを乗り越えるたくましさを育む教育は、まだ不十分だと思います。日本の教育自体が転換期を迎えている中、スポーツは良い教材になり得ると信じています。

常にギャンブラーであれ。アスリートと社会の向き合い方

アスリートは、「スポーツ以外のことはあまり分からない」ということが多いように感じます。競技者として頑張ることが全てだと考えてしまっているアスリートも少なくありません。早い段階でビジネスや、社会における自分自身の適正を知る機会があっていいと思います。

僕がアスリートのキャリア支援をする時には、まず自分自身を知ることから始めてもらいます。性格、実績や資格、周囲の環境など自分の状態を把握してもらったあとに、自分の立ち位置はどこなのかを考えて言語化してもらいます。

例えば、サッカーで「仲間と協力して相手の攻撃を封じた時が一番楽しい」のであれば、自分にとって『人との信頼、協力関係』が重要なんだという本質をつかむことができます。新たなキャリアを歩む時、「これまでと違う自分にならないといけない」と考える人も多いですが、その必要はありません。自分を変えるのではなくて、物事の捉え方を変えることが大切なんです。

アスリートって全員がギャンブラーなんですよ。成功する確証がないのに、自分の好きなことに全精力をつぎ込んで夢を追い求めているわけですから。それなのに、セカンドキャリアを考える時に自分を守ろうとする人があまりにも多い。「生活のため、生きていくために」と。

悩めるアスリートには、見返りを求めず、自分の才能を信じてスポーツで努力してきたことを思い出してほしいです。アスリートとしての自分と同じように、社会に向き合ってチャレンジしてほしいですね。