著者:瀬川泰祐

いよいよ今年9月に開幕を控える日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」。
4月24日から、プレシーズンマッチがスタートするなど、開幕へ向けた準備が着々と進められている。

実はこのWEリーグ、世界でも非常に珍しいプロリーグだといわれている。
なぜなら、WEリーグは単に競技レベルの向上を目指しているだけではなく、女性の社会進出を促し「世界一のリーグ価値」を生み出すことをビジョンに掲げた、社会性の強いスポーツリーグだからだ。
2019年12月に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2020」で、日本は153か国中120位と不名誉な評価を受けた。
このことがきっかけで、「男女差別が色濃く残る先進国」というイメージが付きまとうようになったが、
だからこそ、世間のWEリーグへの期待は大きく、またWEリーグの選手たちの自覚も芽生え始めているように感じる。

そこで今回は、WEリーグ・大宮アルディージャVENTUSに所属し、なでしこジャパンのサイドバックとして活躍する鮫島彩選手への取材を敢行。
彼女にこれまでのキャリアを振り返ってもらいながら、日本社会が抱えるジェンダー不平等という課題に対し、WEリーグがどのような役割を果たすことができるのかを考察してみたい。

WEリーグに込められた意味

「WEリーグ」という名は、 “Women Empowerment”(女性の力)の頭文字から名付けられたものだ。
日本サッカー協会のホームページには、このリーグ名称には次の4つの意味が込められていると記されている。

  • 女子が「サッカー選手」を夢みることができる
  • サッカーを超えて、女性活躍社会の象徴となる
  • さまざまな人々と協力・共創する
  • 関わる「わたしたち」みんなが主人公になる

さらにWEリーグの大きな特徴は、運営組織に女性のポストを用意することが明確に定義されていることだ。
例えば、WEリーグへの参入条件に、クラブを運営する法人の役職員の50%を女性とすることや、意思決定に関わる役員を少なくとも1名は女性とすることが含まれているのは、その象徴と言って良いだろう。
女性活躍というリーグの理念が形骸化しないよう、制度設計の細部に工夫が見られるのは、WEリーグの素晴らしいところだ。

この点について、鮫島選手は「WEリーグという環境ができることで、 “プロサッカー選手になりたい”という人だけでなく、“サッカーに携わりたい”という思いを持つ女性の受け皿にもなれるのではないか」と大きな期待を寄せる。

課題は、プロ化によって見落とされがちな社会との繋がりをどう作るか

こうしてWEリーグが発足することにより、日本中には数多くの女子プロサッカー選手が誕生することとなった。
一見すると喜ばしいことのように見えるが、この事実を果たして手放しで喜んでいいのだろうか。

リーグ規約の中には、1チームに15名のプロ契約選手を保有することや、選手の最低賃金を270万円に設定することなど、選手雇用に関するルールが盛り込まれている。特に最低年俸を保証することは、生活の安定という点でも非常に重要だ。
しかし、これまでなでしこリーグの選手たちは、親会社やスポンサー企業で働きながらプレーをする、いわゆる「デュアルキャリア」を構築して、生活の安定を得ていた選手がほとんどだった。今回のプロ化は、サッカーに集中する環境が整うため、競技レベルの向上という点ではプラスに作用するだろう。
しかし、その一方で、サッカーだけの生活を送ることにより、社会との接点が減ってしまったり、生活の安定性が揺らぐ可能性がある。

「仕事をしていたからこそ、社会との接点が生まれていた。
サッカーをしながら、社会人として学ばせてもらえたからこそ、いまの自分がある」。

鮫島選手は、高校卒業後に入団した東京電力サッカー部マリーゼ時代の経験をこのように振り返った。
当時の彼女は午前中に仕事をし、午後にトレーニングに励むという生活を送りながら、一人の社会人として生きるために必要なことを学んだという。その後、彼女はアメリカやフランスなどの女子サッカー先進国でプレーした際には、サッカーと学業を両立する選手や、自分の夢を追うために引退し全く違う道に進む選手を目の当たりにしている。
そのような選手たちの多くは、サッカーを「長い人生のほんの一部」として捉え、さまざまな選択肢の中から、自分のキャリアを形成していたという。

特に女性の多くは、責任のある仕事を任される20〜30代に、結婚や妊娠、出産といったライフイベントが重なるため、仕事と家庭の両立が難しく、キャリアを断念せざるを得ないケースがある。
だからこそ、社会復帰しやすい仕組みや、キャリアの選択がしやすい仕組みづくりが必要なのは、WEリーグにも共通する課題だ。

WEリーグでは、選手が妊娠や出産で休んだ場合、日本サッカー協会が定める選手登録期間に縛られずに、いつでも選手として復帰できるルールが定められている。
この制度自体は非常に素晴らしいものだが、実力勝負のプロの世界では、契約を掴み取ることができずに、引退をしなければならない選手が生まれるのもまた事実。サッカー選手としての報酬だけで生計を立てる立場になることにリスクを感じている選手もいることだろう。
鮫島選手は、「こうした不安を取り除くためにも、リーグが主導して、選手たちが社会に触れたり、研修する機会を提供し、デュアルキャリアを考えるきっかけ作りも行っていってほしい」と提言する。
多様な環境に身をおいてきた鮫島選手だからこそ言える意見だが、このような課題に、リーグがどのような解を出すのかにも注目していきたいところだ。

リーグ誕生がもたらすジェンダーギャップ意識の変化

女子サッカー米国代表のミーガン・ラピノ―選手が、2019年に、代表チームの男女賃金格差の是正を求めて、米サッカー連盟を提訴したのは記憶に新しい。
世界中でジェンダーギャップの是正が叫ばれているが、日本のスポーツ界にも残念ながら、男女格差はいたるところに存在している。
そのわかりやすい例が競技環境だろう。
例えばJリーグに在籍するチームの場合、男子チームは練習施設が決まっているが、女子チームはグラウンドを転々としながら練習を行っていることも多い。
また、育成年代の環境に目を向けても、中学生年代の女子サッカーチームは男子主体のチーム数と比較すると、わずか3%しかないという現実もある。

鮫島選手は「これまで問題だとすら思っていなかったことが実はジェンダー問題だったと知り、驚かされることもある」と日常生活の中でもジェンダーギャップに目を向ける機会が増えた」という。

彼女は、ジェンダーギャップの気づきの一つに、2012年のロンドンオリンピックの飛行機による移動のエピソードを例に挙げた。
この時は、男子代表がビジネスクラスで移動したことに対し、女子代表はエコノミークラスで移動するという待遇の違いがあった。
女子代表は、前年のドイツ女子ワールドカップで優勝を果たしたこともあり、この差について海外メディアで大きな話題となり、最終的に復路は男女ともにビジネスクラスでの移動となった。

鮫島選手は「当時はそれが当たり前だったから不満に思った記憶がない」と振り返るが、同時に「こうしたジェンダーギャップがあることに気づけず、不満にすら思わなかったこと自体が問題だったのかもしれない」と口にした。
WEリーグの誕生は、スポーツを通じて、問題意識を持った人をいかに増やすことができるか、というスポーツ界全体の挑戦でもあるのかもしれない。

鮫島選手が考えるスポーツの可能性

初年度のWEリーグは、これもめずらしく、奇数チーム(11チーム)でリーグ戦が行われるため、毎節休みとなるチームが必ず存在する。
リーグは、「リーグの理念を追求するような活動を行う日」と定めており、各チームがどのように有効活用するかに注目が集まる。
大宮アルディージャVENTUSでは、この空き日の活用法について、鮫島選手らが自発的に企画を募り、取りまとめを行なう動きが起きた。
そこで生まれたアイデアの一部は、既にアクションに移っているものもあるという。
なお鮫島選手は、選手の考えた企画を実施する「プロデュースデー」を作るという案を提出した。
これは選手たちが主体的にSDGsに関連した企画をプロデュースしながら、社会貢献活動を行い、結果的にファンと選手たちが一緒になって学びを得ていくという内容とのことで、選手たちが自ら社会との接点を持つことをも狙った鮫島選手らしい企画だと言えるだろう。

この企画の意義を聞くと、鮫島選手は「スポーツで全てを繋げることができる」とスポーツが持つ価値を説いた。
スタジアムにファン・サポーターが集まることでコミュニティを創出する。学校訪問などを通して、教育面で貢献する。
これまでHEROsでもさまざまな社会貢献の事例を取り上げてきたが、スポーツが社会に向けてできることは、まだまだアイデア次第でたくさんあると言えそうだ。

4月25日に行われたプレシーズンマッチで、鮫島選手の所属する大宮アルディージャVENTUSは、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦で勝利を収め、初陣を幸先良くスタートした。
鮫島選手は「ゼロから立ち上がったチームなので未知の部分も多いけど、9月の開幕までに完成度を高めていきたい」と開幕に向けた抱負を語る。
また、「このプロリーグの安定性を、長期的に作っていく必要があると思っている。魅力的なリーグにするには私たちのパフォーマンスや立ち居振る舞いも大事になってくると思うので意識していきたい」と、選手としての責任の大きさを口にした。 

「女性が活躍できる社会を、スポーツ界が先頭に立って作っていけるチャンスだと思う」

鮫島選手のように、強い想いを持った選手たちのプレーが、観るものにどんな刺激を与えてくれるのか。
そして、5年・10年と経過した時、WEリーグは社会に何をもたらしてくれているのか。
9月のWEリーグ開幕は、もう目の前だ。