(取材日:2022年3月15日)

 「翼がゆく~スポーツの力を探る~」は、元プロバスケットボール選手の小原翼が、様々な分野に転身を果たした元アスリートに、インタビューする企画です。インタビューを通して、アスリートが何を考え選択し、歩みを進めているのかについて迫っていきます。第9弾として、今回は、スキージャンプでオリンピックに出場し、現在パーソルキャリア株式会社で働く山田優梨菜さんと、一緒にアスリートの支援事業に携わる執行役員の大浦征也さん、上司の山口世令奈さんにお話を伺いました。人材会社に勤めるオリンピアンが、いつ何をどう決断し今に至っているのか、そして「アスリートならではの力」を紐解きます。

インタビュイー:山田優梨菜さん
長野県出身。小学3年生から本格的にスキージャンプを始める。2014年ソチオリンピックに日本代表として出場。その後に負った怪我の手術が原因で現役引退を余儀なくされる。自分のキャリアから課題意識を持ち、大学院にてアスリートのキャリア研究を学んだ後、現在パーソルキャリア株式会社でキャリア支援に従事。

インタビュアー:小原翼
神奈川県出身。2017年~2021年までプロバスケットボール選手として活動し、2021年6月にBリーグ横浜ビー・コルセアーズにて引退。現在、日本財団HEROsに在籍。

(以下敬称略)

怪我を乗り越えオリンピック出場

ーースキージャンプを始めたきっかけは?

山田:小学1年の時に初めてスキージャンプをする機会があり、楽しくて本当はその時から始めたか―ったのですが、村のスキークラブに入れるのが小学3年生からだったので本格的に競技を開始したのは小学校3年生ですね。
小学校4年の頃から、全国大会に出て優勝できるようになり、5・6年時には、全国の男女混合の試合で優勝できるようになりました。小学6年の時に初めて国際大会に出場し、中学ではワールドカップにも出場しました。

ーー山田さんは怪我を乗り越えてオリンピックに出場されてますよね?

山田:ちょうどオリンピックの1年くらい前のワールドカップで転んでしまい、内側副靭帯を断裂する怪我をしました。
1年前というタイミングもあり、怪我した当初はオリンピック出場を諦めていました。競技復帰できたときには、残りの半年でオリンピック出場基準を満たさないといけないというかなり厳しい状態でした。最後の最後まで辛かったのですが、皆さんのおかげで基準も突破し、出場することができました。

ーーオリンピック出場はどうでしたか?

山田:あの大舞台に立たせてもらったことは、これからの人生において、凄く大きな財産だと思います。出たくても簡単には出られない試合なので、あの場で飛べたことを光栄に思っています。

余儀なくされた現役引退

ーーその後、引退までは?

山田:オリンピックが終わってから、なかなか成果が出ていませんでした。でも、そこから持ち返し、ワールドカップを回っていましたが、今度は半月板の怪我をしてしまいました。
その怪我の手術過程で感染症が2度起きてしまい、そこから4か月くらい寝たきりの状態になりました。復帰に向けて、ベットから起き上がることから必死に頑張りましたが、後遺症などの影響で引退を余儀なくされました。
次のオリンピックに向けて「これから!」って時だったので、凄く苦しかったです。正直、しばらく何も考えられない状態で絶望していました。

ーーその時はどんな気持ちでしたか?

山田:今でもあまり思い出したくない記憶ですね。。。
今までジャンプ競技に人生を掛けてきたものが、突然出来なくなってしまい、苦しいという言葉じゃ表しきれないほどです。
まだ入院している時は周りに人がいたので何とかなっていたのですが、一人で生活するようになってからは絶望のあまり家から出られない状態になり、自分の存在意義も分からなくなってしまいました。
今だから言えるんですけど、「生きていたくないな」と思ってしまうことも結構ありましたね。今では、凄く甘かったと思いますが。

ーー今またこうして別の道を歩んでいると思いますが、気持ちの変化のキッカケは何でしたか?

山田:コーチの方や両親、たくさんの方に支えられたことが一番の要因です。
また、入院中、過酷な闘病生活を送っている方とお話をするなかで、「私はただ競技が出来なくなっただけ。世の中には辛い思いをしている方が沢山いる。命もある。」そう思えたこともきっかけの1つです。
このように、入院生活や大学院での学び、アルバイト先での経験、多くの人との出会いのおかげで、時間は掛かりましたが少しずつ克服していきました。

社会に発信していかないと経験が無駄になってしまう

ーー大学院でアスリートのセカンドキャリアをテーマに学ばれていましたよね?

山田:自分自身に起きた出来事から将来を考えたとき、次のステップに進むためにはアスリートのセカンドキャリア問題について学ぶ必要があると考え、大学院でアスリートのキャリアについて専門的に学びました。
自分自身競技が出来なくなり、何をしたいのか分からなくなってしまったんですね。それで、何年も苦しみました。そんな中で、私と同じような思いを持つアスリートは他にもいると思ったんです。そこで自分が社会に対して貢献できることは何か、と考えた結果、この経験を自分の中に留めておくのではなく、社会に発信しくことで、同じように苦しむ誰かの役に立つのではないかと思いました。

ーーそこからパーソルキャリアさんに就職されたと思いますが、なぜパーソルキャリアさんでしたか?

山田:アスリートのキャリアを変えていきたいと思いましたが、まずは社会全体のキャリア問題を理解しないと、アスリートに特化したキャリア支援ができないと考えたのが1つ目の理由です。
2つ目は、私自身が社会人として経験を積んでいく事を含め、世の中を知らないといけないと思ったからです。先ず自分がこれらを経験し理解しない限り支える側にはなれないと思い、社会人になることを決めました。
その中で、自分のやりたいことが出来るのは人材だなと思い、色々な人材会社を調べました。たくさん会社があり、迷いましたが、私が働くうえで「人を大切にして仕事をしたい」「人を資本として見たくない」ということは譲れないポイントでした。なので、一番人を大切にしている会社がどこか、という基準で会社を選び、パーソルキャリアに決めました。

ーースポーツが活かせるところは?

山田:今の仕事では、アスリートではない方と接する機会が多いのですが、そういった方々とキャリアについて時間をかけて一緒に考えていく時に、自分の今までの経験からお話しできることもあるんです。そんな時、自分の経験が誰かのために役立っているかも、と感じ嬉しく思います。
あとは、楽しいことだけではなく大変なこともあるんですけど、今までスポーツを通して忍耐を鍛えられたので、その部分は今の仕事にも活かせている要素の一つだと思います。

真剣に向き合いたいという雰囲気が人柄から滲み出ていた

ーー続いて、山田さんと一緒に働いている皆さんに伺っていきます。率直に山田さんの魅力はどういったところにありますか?

大浦:自分にも、人にも、何にも全力っていうところ。僕が初めて山田さんと会った時、自分の生き方とか、競技中支えてくれた仲間とか、山田さんが生きてきて関わった全ての人に全力で恩返しがしたい気持ちや、真剣に向き合いたいという雰囲気が人柄から滲み出ていたんですよね。山田さんはそこが魅力的だなと思いました。

山口:山田さんが就職先を迷われている時に一度面談をしたのですが、こんなに誠実な人はいないと率直に思いましたし、一緒に働きたいと思ったのが第一印象です。現在では、一緒にスポーツ関係の仕事をしているのですが、何かを求められた時に発言できる強い意志があるところを凄く尊敬しています。誠実さと自分の意思や熱い思いがあるのは山田さんの魅力だと常々思っています。

ーー山田さんが元アスリートだと感じるところは?

大浦:1つは基準の高さですね。特に自分に対しての基準です。お客様への向き合い方や出さなきゃいけない成果の基準が高いです。山田さんは元アスリートといえども、社会人一年目新卒社員であることを考えると、同期の方々と比較しても自分に課してる水準が非常に高いと思います。これはアスリートとしての特徴の一つだと思います。
2つ目は、やるぞと決めた時の突破力や集中力が高いこと。これは、アスリート時代の経験がそうさせているのかなと思います。
3つ目にあるとしたら、良い意味での二面性があり、人間味が溢れていることじゃないですかね。集中している時のキャラクターと、素の天然さが同居しています。それはもしかしたらアスリートならではのことで、アスリートの極限状態を乗り越えるために必要なメンタリティかもしれないです。

山口:大浦さんが話していないことで言うと、フィードバックした後の改善する力が高いです。競技をする上で何を改善すべきなのか、どうすれば伸びていくのか考えながら生活していたと思いますが、まさにそういったところは仕事でも活きているのだと思います。

自分の水準の高さも含めて、自己肯定感が低い

ーーここを直して欲しいというポイントは?

山口:直して欲しいポイントではないのですが、我々の部署は本当にフラットなのでいろいろぶつかってきて欲しいと思います。

大浦:上意下達感は”アスリートあるある”です。つまり、”上司がいうことは絶対””お客様は神様”といった意識があると感じるので、そのあたりはもうちょっと自然体で良いのかなと思います。特に、我々のスポーツ事業はアスリート向けなので、元アスリートの山田さんにはどんどん積極的に発言してもらいたいですね。
あとは、客観性ですかね。ご自身の持たれている能力に対して、自己肯定感が低めだと思っています。もしかしたらアスリートならではなのかもしれないですけど。アスリートは見られるし応援されるし、誹謗中傷されることを含めて、興味を持たれる対象になりますが、サラリーマンなんて、良い意味でみんなそんな見ていないので、必要以上に自分を下げる必要はないと思います。ここで言いたいのは、冷静に見たら「全然悪くないよ」と感じることを「全然できていません」とネガティブに捉えてしまう傾向があるので、これから少しずつ改善できるとより成長につながると思います。

ーー御社でアスリートの力は必要か?

大浦:必要だと思います。必要だと思う背景には、2つの側面があります。
1つは、アスリート支援が仕事となれば、アスリートの気持ち、特にトップアスリートのメンタリティは特殊だと思うので、その気持ちが分かるってことはアドバンテージだと思います。
もう1つは、何か一つのことを追求し頂点まで上り詰めているアプローチは、我々ビジネスでそのまま活かせると信じていることです。そう信じているから、アスリートのサポートサービスも作っています。つまり、オリンピック出場という実績を持つ山田さんは、目標設定や日々のストイックな練習や体づくりなど、他の人より何らかのアドバンテージや特殊性があるはずなので、それをビジネスの世界で大いに発揮して欲しいと思っています。

できないと決めつけているのは自分自身

ーー現役の時と今でスポーツの価値が変化したことはありますか?

山田:現役時は自分が夢とか希望を与えられているか疑問でした。でも離れて客観的にみると、スポーツは皆さんに大きな活力を与えるものだと思います。私自身も、スポーツから元気をもらうこともあるので、そこが変わりましたね。

ーー今回北京オリンピックで、スキージャンプ日本代表が世の中を賑わせましたが感じたことはありましたか?

山田:スキージャンプの小林さんが金メダリストになりましたが、オリンピックの舞台において、ジャンプで金メダルとることはかなり難しく、5・6年前は絶対に無理だろうと思われていました。その中で、金メダルも取りましたし、ワールドカップランキングでも1位になっています。そのことから「望めば叶うんだ」「努力すれば絶対に叶うんだ」ってことを学びました。
できないと決めつけているのは自分自身で、やりたいという気持ちや頑張りたいという意思があればそこまで行けることを小林さんに体現していただいたと思います。

ーー今楽しいですか?

山田:はい、楽しいです!!厳しいから楽しいです。壁の連続で、同期と比べても全然できないし、本当にいつも一番下という思いです。でも、自分ができないことに向き合うと、「自分はこういうこともできないんだ、だったらここを改善できたらもっとできるね」と見えてくるので、凄く楽しいです。昔はこういうことに向き合うことができませんでした。「なんで自分がこれをやらなきゃいけないの」とか「今まで頑張ってきたのに、また一からやらなきゃいけないの」と思っていました。今は自分自身で頑張りたいとか、大変だけど頑張ろうという気持ちになっていて、この気持ちの変化が凄く嬉しいです。

ーー昔と今で切り替わるきっかけは何だったのですか?

山田:正直、今までは私が経験した逆境に対して後悔や憎しみを抱いていました。大変なことがある度、なんでこんな思いにならなきゃいけないのとも思っていました。順調にいけば今頃どんな人生だったのかと思い返す日々でした。
しかし、沢山の方と触れ合い多くの事を学ばせていただいたおかげで、自分自身と向き合うことができ、憎しみを抱くことも、後悔することもなくなったことが大きいです。

ーー山田さんにとってスポーツとは?

山田:『家族』『自分の家』ですかね。戻りたいけど、そこだけにいるとダメだし、そこに対して大きな貢献をしたいなら外に出ていろいろ学ばないといけないし、だけど戻りたいしみたいな感じです。

あとがき

以前より関わりがあった山田さん。本当に素敵でどういった人生を送ってきたのか興味の湧く人物でした。初めてお会いした時は元オリンピアンとは思わず、後から人づてに聞いて本当に驚きました。記事中に大浦さんが仰られている通り、二面性の部分を私も感じていて、とても面白い人だなと思っていました。
実際に取材を通して初めて詳しく引退理由である医療ミスのことを知りましたが、それはやはり想像を絶するものでした。どこまで聞いていいのか不安にはなったものの、思い切ってズケズケと聞いてみました。
やっぱりそのお話をしている時は本当に悔しさを滲ませながら話されていて、聞いたこちらもグッとくるものがありました。苦しみながらも、今の自分の変化に気づいていて、前を向いている姿にとても感動しました。どれだけ辛いことか、本当の気持ちは本人にしかわかりませんが、長年時間をかけ克服し、今また自分の足で歩まれている山田さん姿は本当に格好いいなと思いました。
大浦さん、山口さんのお話では、”アスリートあるある”など、確かに私も”あるある”と思うばかりの内容でした。アスリートならでは強みや習性みたいなものが言語化されていて、アスリートを客観的に見る良い学びの機会になったと感じています。皆さんの会話からも山田さんの人柄の良さが伝わってきました。
最後の「あなたにとってのスポーツとは?」の応えは、とても深いなと思いました。
『自分の家』
そこだけにいるとダメ。恩返ししたいなら外に出ないといけない。でも、戻りたい。
深いです。自分も離れてみることで、スポーツ選手の時よりもスポーツの価値を感じています。そのスポーツに貢献したいなら外に飛び出してみるべし。

山田さん、大浦さん、山口さん、貴重なお時間をありがとうございました。