皆さんは、「ソーシャルフットボール」をご存知でしょうか?これは、精神障がいを抱えたプレーヤーによるサッカー、フットサルの総称です。


ソーシャルフットボール日本代表候補の小林耕平選手も、自閉症スペクトラムやうつ病など、精神障がいの症状を抱えながら、プレーを続ける一人。小林選手は、プレーヤーとしてだけではなく、「障がいを抱えている人に、居場所や生きがいを作りたい」との想いから、ピッチ外でも積極的に活動しています。2019年には精神障がいを抱えた子どもたちを対象にしたフットサルスクール『HambreFC』を立ち上げました。現在は関西地域を中心にイベントを開催しています。

精神障がいを抱える当事者だからこそ、自らの経験を子どもたちに還元したいと語る小林選手。スクール活動に取り組む理由や、社会が目指すべき姿について伺いました。

サッカーから学んだことを還元したい

僕が活動を始めた理由は、自分の経験を還元したいと思ったからです。世の中のすべての人が、障がいについて理解してくれるわけではありません。ただ、障がいを抱える自分と向き合ってくれる人にも出会いました。しんどい時に、助けてくれた人が今も昔もたくさんいるんです。サッカーを続けられたのも、“ボールを蹴りにいく”というより“その人たちに会いに行っていた”感覚です。

そういった人たちのおかげで、サッカーを嫌いにならずに続けることができました。そして、サッカーを通じて学んだことを、自分だけのものにしておきたくないなと思ったんです。自分のような境遇にある人達に伝えたいな、と。僕が行なっているスクールでは“向き合う、寄り添う”という考えが根本にあります。

福岡の社会福祉法人さんから声をかけていただき、サッカー教室のイベントが始まりました。その場で障がいを抱える子どもたちの親御さんとお話したのですが、「この子たちには余暇がないんです。だから、こういう場があるのは、すごく嬉しい」と言われたんです。

そのときに、「こういう場所をもっと作らなければいけないな」と感じました。


障がい者向けのスポーツ教室やイベントは増えていると思います。それはとても嬉しいことなのですが、運営をしているのは健常者の方。でも、実際にプレーする選手たちは、先天的に障がいを抱えている。その違いを埋めることは難しいんです。

その一方で僕はプレーする選手たちと同じく障がいを抱えている。だから、自分の経験を伝えることができるんです。「こういう選手がいたよ」とか、「あの選手は、こういうことがあったけど、乗り越えられたよ」と。具体的に話ができるのは僕の強みだし、伝えていく義務があるのかなと。

必要不可欠な「寄り添う」姿勢

活動のモチベーションは、子どもたちや、その親御さんの「笑顔」です。日常社会において子どもたちが守られている場所は、家庭や特別支援学校など、ごくわずか。親御さんも不安を抱えています。そういった人たちにサッカーを通じて、少しでも社会に居場所を作って、溶け込ませてあげたいんです。

障がいを抱えた子どもたちを指導するにあたっては、イレギュラーな事態にも柔軟に対応できるマインドが必要です。以前、イベントの途中に子どもたちがケンカをして、走って会場から出て行ってしまう出来事がありました。あまり状況は分かっていなかったのですが、すぐに走って追いかけて、「どうしたの?」と声をかけました。僕以外の人は、少しパニックになっていましたね。


でも、こういうこともあるんです。事前に「何事も予定調和のまま進むことはない」と、理解しておくべきです。子どもたちも、自分の意思でそうした行動を取っているわけではないんです。障がいを抱えて大変な思いをしているんだ、ということをわかってあげなければいけない。

その子が会場から逃げ出した時、僕が特別なことをしたのかといえば、そうではありません。ただただ、向き合ってあげただけ。少し厳しい言い方かもしれませんが、イレギュラーな事態が起きた時に寄り添ってあげるマインドが整っていないのであれば、子どもたちを受け入れるべきではないと思います。


親御さんも、「楽しんでほしい」と参加してくれているのに、子どもが泣きながら走り回っていたら悲しいですよね。まして、何かあった時に、親御さんに対応を任せるのは考えられません。きちんと僕たちが対応することで、親御さんにも安心してもらえます。一度は感情があふれて逃げ出してしまっても、またみんなのところに戻って、笑顔でボールを蹴ってもらう。そうすれば、イベントが終わるころには「次はいつあるの?」と聞いてきてくれるものなんですよ。そういった言葉が子どもたちの口から出てくることが、親御さんの安心感にも繋がります。


サッカースクールは数多くありますし、障がいを抱えた子どもたちも、他の子と同じように、親御さんに連れられて参加します。ただ、急に奇声を発したり、走り出したり、どこに行っても目立つので馴染めない。だからこそ、障がいを理解して、向き合える人がいるかどうかが重要です。

大切なのは、文化として残していけるかどうか

いまは各地でスクール活動をしていますが、「僕の活動が無くなること」が理想です。誤解してほしくないのですが、僕の目標は「スクールの数を増やすこと」ではないんです。もし、現在の規模で社会を変えることができるのであれば、そのままでいいと考えています。

こうやってメディアに取り上げてもらえることはすごくうれしいです。ただ、取り上げられるということは、浸透していないということ。問題が解決していないから、注目されているわけですよね。


社会貢献活動やSDGsが注目されていますが、ブームともいえるその流れを、いかに文化として残していけるかどうかが重要です。文化になったら、誰も騒ぎません。「今日は、サッカーしてくるから」と、頭に『ソーシャル』や『障がい者』などの言葉を付けなくても通じるくらい、当たり前になってほしいです。

でも、僕だけの力では難しい。意思を多くの人に受け継いで、後世に繋いでいくことが必要です。そのための中期的な目標として、スクールの数を増やしていきたいとは思っています。障がいを持つ僕だからこそわかることがある、という話とは少し矛盾しますが、多くの人に活動を知ってもらって「自分にもできる」と思ってもらいたいですね。

「僕がいなくても、イベントを開催できるようにしたい」

今後は、大阪のスクールだけでなく、Jリーグクラブと共同のイベントを増やしていきたいです。僕の拠点は大阪なので、頻繁に全国へ行くことができません。僕がいなくても、イベントを開催できるようにしていきたいですね。


2021年の11月に横浜FCと合同で実施したイベントに、FC PORTという横浜のソーシャルフットサルチームの選手を2名、スタッフとして呼びました。単に人数合わせというのではなく、経験を積んでほしかったんです。

今後、関東でイベントをするとなった時に、過去に同様のイベントを経験した選手はサポートとして参加しやすくなると思います。こういう人たちが増えていくことで、参加した選手も多くの人に触れ合える。

それまで自宅とチームの往復だった生活に変化が生まれます。そうやって少しずつ、社会と接する面積を増やすことができるんです。でも、それは僕じゃなくてもいい。「自分もできるな」と多くの人に気付いてもらえるように「種まき」をしているんです。

あとは、「笑顔」を見たいかな。活動を発信することで、障がいを抱える子どもたちが社会のなかで許容される場所を、1%でも2%でも増やしたい。障がいを抱える子どもたちと、その親御さんの笑顔を増やすために、もうちょっとだけ頑張ります。