(取材日:2022年2月2日)

 「翼がゆく~スポーツの力を探る~」は、元プロバスケットボール選手の小原翼が、様々な分野に転身を果たした元アスリートに、インタビューする企画です。インタビューを通して、アスリートが何を考え選択し、歩みを進めているのかについて迫っていきます。第7弾として、今回は、元プロボクサーで、株式会社FireTechを創業した渡邊玲央さんと、FireTechに投資をしている一般社団法人日本スタートアップ支援協会の代表理事を務められている岡隆宏さんにお話を伺いました。会社を立ち上げた元プロボクサーが、いつ何をどう決断し今に至っているのか、そして「アスリートならではの力」を紐解きます。

インタビュイー:渡邊玲央さん
新潟県出身。高校2年の時にボクシングを始め、東京消防庁職員として働きながらボクシングを続けプロボクサーとしても活躍。引退後は自身の原体験からプログラミングを学び始める。東京消防庁を退職後、株式会社Firetechを立ち上げ「防点丸」の開発に励む。漫画を描くこともライフワーク。

※防点丸:https://www.firetech.page/

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<ボクシングの試合>

インタビュアー:小原翼
神奈川県出身。2017年~2021年までプロバスケットボール選手として活動し、2021年6月にBリーグ横浜ビー・コルセアーズにて引退。現在、日本財団HEROsでインターン中。

自分の意思決定と外部要因が重なった自分の進む道

ーーボクシングを始めたきっかけは?

渡邊:学生の時に映画「ロッキー」を観て、感動して「やりたい」と思ったのがきっかけです。高校2年の時にボクシングを1年間だけやりました。大学2年生の時から本格的に始め、東京都の代表に4回、全日本選手権ランキング3位を2回取りました。 

ーー大学の卒業後、進路をどのように決断しましたか?

渡邊:私はずっとボクシングがしたかったんです。それと同時に、漫画家にもなりたくて。ボクシングをするか、漫画を描くか迷った挙句、消防職員になったんです。(笑)

ーー消防職員ですか?(笑)どういうことですか?(笑)

渡邊:自分の意思決定と、外部要因の2つが合わさった部分で進むべき道が決まると思っています。意思決定上はボクシングか漫画の2択だったのですが、外部要因上は弟の大学進学のために仕送りしなければなりませんでした。消防職員になれば、仕送りもできる安定した職業だし、体が鍛えられるし、人助けもできる、と考え消防職員になりました。  

ユニフォームを着ている男はスマイルしている

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「苦しい時もああやって戦ったんだから、やらなきゃダメでしょ。」

ーー消防職員とボクシングの両立はいつまで続けたんですか?

渡邊:2005年に東京消防庁に入社し、2009年にボクシングを一度引退し、2014年にもう一度ボクシングの舞台に戻ってきました。復帰した時は、一度負けたら引退するつもりでカムバックしました。

プロとして4試合戦い、2勝1敗1引き分け、2015年9月30日の試合が最後の試合になりました。あの試合が終わった時は本当に寂しかったです。負けたら終わりと決めて練習に励んだ2年間は練習が楽しくて仕方ありませんでした。もちろん厳しかったですが、期限が設定されていると、その時間が本当に幸せだなと思いながら練習していました。

引退試合は今まで40戦してきた中でも相当無様な戦いだったのですが、今でも一番記憶に残ってます。映画ロッキーで、無名のロッキーがアポロと闘う前に最愛の人エイドリアンに「勝てないかもしれないが、俺は立ち続けることで生まれ変わりたい」という話をするシーンがあります。若い時、それがすごく印象に残ってました。でも、試合で自発的にピンチにすることはないじゃないですか。私もあそこまで追い詰められた試合は初めてで、パンチを食らい、どうなるかわからなかったのですが、2度ダウンしても立ち続けることで、追い詰められても戦えるのだと、後から気付きました。もちろん負けるつもりでやってないのですが、このような経験ができたのは良かったです。今でも、苦しい時や何か決断する時には「苦しい時もああやって戦ったんだから、やらなきゃダメでしょ。」と言い聞かせます。

アスリートにはやり抜く力がある

ーー引退を決めた次のキャリアはどうしましたか?

渡邊:消防職員を続けながら、漫画を描こうと思っていました。若い時から、漫画とボクシングで感動したので。私の一番大事な根本は「感動」なんです。

引退して、私も感動する漫画を作りたいと思っていたのですが、2015年5月に当時2歳だった私の娘が熱性痙攣になり、その体験がキッカケとなりプログラミングに舵を切りました。

私は本当に娘が死ぬと思い、消防職員でもあるにもかかわらずパニックになりました。結果、軽症と診断されたのですが。その時、事前対策と初期対応の必要性を身をもって感じました。私も消防職員として災害現場で活動してきましたが、生涯にどれだけの人を助けられるのだろうかと考えました。また、パニックになった時に、事前情報があれば良かったのではないかと考え、消防の技術とシステム化を組み合わせ事前対策と初期対応の知識を届けることで、自分が消防職員をやるよりも、千倍一万倍の人を助けれるんじゃないかと思いました。そして、「助けたい」と心が動き、プログラミングの勉強を始めました。

 ーーその後はどうされましたか?

渡邊:実践経験を積みたいと思い、ハッカソン(*)やアプリの大会に参加しました。2017年防災担当大臣賞など様々な賞をいただき、適正はあると思いました。また、プログラミングを突き詰めることはボクシングの練習とほぼほぼ同じ形でアプローチできるとも思いました。徹底的にやり込む執着心が必要だと思うんです。アスリートにはそのやりぬく力が人よりもあると思います。

その後、東京消防庁内で自分のキャリアとプログラミングを組み合わせ開発をしようとしたのですが、できることが限られるので東京消防庁を辞め、スタートアップの会社に就職しました。

その会社に在籍しながら、2020年2月に自分の会社FireTechを設立し、自分の心が動いた経験から、小さい子供がいる親御さん向けのアプリ「ChildShell」を作りました。2021年からは「防点丸」というサービスを開発し、投資家からも出資いただくことができたので、働いていた会社を退職し、2021年7月に独り立ちしました。

*プログラマーや設計者などのソフトウェア開発の関係者が集まり、 一定期間集中的に開発を行うイベント

自分自身で越境できない壁みたいのを作っている

ーーどうしてシステムを作りたいと思われたのでしょうか?

渡邊:私は情報通信課に在籍した際、課題を感じている人とシステムを作っている人が違うことに問題があると感じていました。課題を感じている人がシステムを自身で作れば、より良いシステムが作れると思いました。私は心からこの課題を解決したいと思っていますし、痛みを感じているし、使命感を感じています。課題を感じている自分達でシステムを作ることで、現場の課題を解決できるシステムができると考えたのです。

課題を感じている人がシステムを作れないと思われるのは、恐らく自分自身で越境できない壁みたいのを作っているからだと感じています。今の挑戦で、そういった壁は越境したいと思っていますし、この壁を越境することで社会に還元できると思っています。

ノートパソコンを使っている男性

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自分のビジネスモデルを否定されても戻ってくる力

ーー次に、実際に渡邊さんに投資をされている岡さんに質問です。渡邊さんの魅力ってどこにありますか?

岡:非常に愛くるしい、人懐っこい雰囲気を持っているところですね。

スタートアップには非常に大事な素質です。スタートアップは、多くの人に共感してもらい、ヒト・モノ・カネが集まってくる、それをスケールするものです。彼の場合は、巻き込み力があり、我々年長者から好かれるキャラクターなので、将来的にも人を巻き込みながらスケールしていくんじゃないですかね。

ーー渡邊さんが他のスタートアップ事業をする人との違う点は?

岡:彼はもともと「ChildShell」でビジネスをしようとしていました。でも、「ChildShell」ではマネタイズできないのと、継続的な収益にならないので、投資家から資金を集めるのは難しいと助言しました。その時はすごくショックだったと思うけど、数か月後に連絡があり、聞いたら、彼のバックグラウンドをうまく活用した、聞いたこともない新しいビジネスモデルを提案してきたので、これはすごいなと思いました。普通、自分のビジネスモデルを完全否定されたら9割の人は連絡してきません。でも、彼はそうならずに、ニコニコしながら、すごく面白いことを考えてきたので、ファイトもあるし、ある意味ビジネスセンスもあるのかなと思いました。 

ーースポーツ経験が活きると感じるところはどんなことがありますか?

岡:やっぱり打たれ強いところはスポーツマンに共通していて、芯が強いように思います。

スタートアップにはストレス耐性が必要です。ビジネスでは予期せぬことも起きるので大変です。それに彼は耐えられると思うし、それはボクシングとか、スポーツ選手で一流な人に共通していると思います。

学びながら、失敗しながら、成長する。スポーツと一緒。  

ーースタートアップでアスリートに期待することは?

岡:やっぱり、チームビルディングがすごく大事です。人を束ねて一つのゴールに向かって一致団結してやり遂げる。社長一人でできることは限られますし、一人で好きなことするのはスモールビジネスと言い、また別の手法になります。彼の場合はスモールビジネスではなくスタートアップに向いてるし、実際に多くの人を巻き込んでいます。

ーーアスリートならではの短所は?

岡:ちょっと単視眼的になるところですかね。もっと複眼的に物事を見れたら良いと思います。目には鳥の目、魚の目、虫の目の三つの目があります。鳥の目は上空から俯瞰してみる目で、全体的なものを見るもの。魚の目は、水の流れを観る目で、ビジネスのトレンドなど流れを見るもの。虫の目は、足元の目で、財務状況や社員の状態含め、会社の状態を見るものです。虫の目は持っていると思うのですが、鳥の目の経験が無いので若干不安かなと思います。でも、とにかく素直で吸収力があるので、学びながら、失敗しながら、成長すると思います。まさにスポーツと一緒ですよね。試合経験を積みながら強くなると思います。 

ーースポーツをやっている人がスタートアップに向いているように思いますが。

岡:向いてますよ。僕ら投資家から見たら、スポーツとか何でも一芸に秀でた人っていうのは、人を引き付けるものを何か持っているので、すごく良いと思います。

ただ、独りよがりや我の強い自信の塊みたいな人は厳しいかなと思います。謙虚さとか学びの姿勢、自分はまだビジネスでは未熟だってことがわかっていたら良いのですが、プライドが高くて相手の懐に飛び込めない、甘えられない人はしんどいかもしれないです。

アスリートは他の人と感覚が違うから勝ってきた

ーースポーツをすることでセカンドキャリアに活かせることはありますか?

渡邊:アスリートはどうやって勝つか常に考えてきたわけじゃないですか。アスリートの場合、「勝利」が一つのアウトプットだったとすると、そのアウトプットに対して、様々なアプローチから徹底的にやり抜くことが仕事でも使えると思います。

違ったアプローチをすると「あいつはおかしなことやってない?」となります。でも、スポーツの場合、みんなと違ったことをしないと勝てないわけじゃないですか。だから工夫するんです。短期的に見れば「あいつおかしくない?」と思われるのですが、組織にとっても良い価値を出せれば、違ったアプローチでも認めてくれるようになると思います。

私の消防のキャリアで言うと、最初の頃は違ったアプローチをとると、皆と同じアプローチをするように指導されました。でも3・4年が経った頃からは、違ったアプローチでも承認してもらえるようになりました。例えば、給料の事務作業を1枚1枚何時間もかけて処理していたものを、エクセルのVBAやマクロ機能を使って数分で処理できるようにしたんです。すると「渡邊は、違ったアプローチで他の人が生み出せない価値を生み出す」と評価いただき、むしろ応援していただけるようになりました。違ったアプローチをして短期的には承認されなくても、それが組織にとっても良い価値を生み出すと信じ、自分の信念を曲げずにやったことが良かったと思います。

アスリートは他の人と感覚やプロセスが違うから勝ってきたと思います。思考的マイノリティなんです。だから、プロセス自体は大半の人とは違うはずです。そのプロセスを変えると、組織的にも自分的にも良くないと思います。なかなか短期的にいいアウトプットは出ないですが、信じてやり続けることです。 

ーー今、楽しいですか?

渡邊:めちゃ楽しいです!めちゃ楽しいですけど、リスクを背負い、危機感を持って活動しています。ボクシングの試合と同じです。笑

ーー渡邊さんにとってスポーツとは?

渡邊:『私の今の人生を作ってくれたもの』です。ボクシングは私の礎なので。ボクシングをリスペクトしていますし、感謝してます。色々な判断をする時に、「ボクシングに捧げた日々に恥じない行動をしているだろうか?」と自問自答しています。

あとがき

やり取りする中で、引退試合を観させていただきました。

是非記事を最後まで読んでいただいた皆様にも動画を観ていただきたいです。

2回目のダウンの時、正直私は観ていられなくなりました。スポーツとはいえ、人があそこまでの状態になるのはあまり得意ではないので、辛い気持ちになりました。でも渡邊さんとの会話の中で引退試合の想いが伝わっていたので、2度のダウンからどのような戦いをしたのか最後まで観ることにしました。

そこまでボクシングに詳しくない私ですが、2度ダウンして劣勢なのは分かっています。でも、そこからの粘りというか根性というか、打たれても打たれても立ち続ける姿、自分がピンチなのに相手を追い込む姿にグッとくるものがありました。オフィスで観ていたのですが、自然と泣いている自分に気が付きました。

今回のインタビューを通して、渡邊さんの人生にとってボクシング、そしてあの引退試合が判断の軸となっていることに触れることができました。スポーツには人の人生を形作るほど価値があるのだと再認識しました。

また、岡さんのお話で3つの視点はとても興味深いものでした。実際に、物事を俯瞰的に観る視点が備わっている人はなかなかいないようにも思います。かなり意識しないと出来ないことですし、終わりがないもので、もちろん私自身も視野を広げるために学んでいる途中です。そんな時に、岡さんの仰る、謙虚さや学ぶ姿勢が重要だと感じました。

インタビューを通して、「心が動くこと」そして「ロジックとしても通ること」この2つが組み合わさるものに挑戦するのはすごくやりがいがあるのだろうと感じました。本当に勉強になります。自分も挑戦を続けます。

渡邊さん、岡さん、改めまして、貴重なお話をありがとうございました。