3人制バスケットボール「3×3」の選手で、現在はモデル・タレントとしても活動する岡田麻央さんは、中学生の頃、部活動の中で周囲から疎外され孤独を味わった経験がある。彼女の当時の記憶をたどりながら、日本の教育現場で起きているいじめの現状を把握するとともに、HEROsが取り組んでいるいじめ防止推進活動についても紹介していきたい。
岡田麻央さんが中学生のときに味わった孤独感
岡田さんは、中学1年生のとき、部活動のチームメイトから一斉に無視された経験を持つ。岡田さん自身が「何がきっかけだったかは分からない」と話すように、岡田さんにとっては、突然の出来事だった。
岡田さんは、入学当初から同級生がうまくできない練習も上手にこなしてしまうなど、実力が抜きん出ており、試合にも出場していた。さらに部活動と並行してレベルの高い選手が集まるクラブチームにも所属していたため、クラブチームの練習が長引くと部活動の練習に遅れてしまうこともあった。このため「仲間はずれ」や「無視」という形に発展していったのかもしれない。
いずれにせよ、ある日を境にして、岡田さんがあいさつしても、話しかけても、チームメイトからの返事がなくなった。それでも岡田さんは「あまりにも急なことで、自分がどう対応していいのかもわからず、気付かないふりをしながら、チームメイトにあいさつをし続けた」そうだ。すると2週間ほど経過したある日、岡田さんを無視していたグループの中心人物から謝罪があったという。
無視されている期間中、岡田さんは悩んだが、手紙のやり取りをするほど仲の良い上級生がいたことが幸いした。「両親に心配をかけたくなかった」という岡田さんは、その上級生に、いま自分の身の周りで起こっていることを細かく相談した。すると、上級生からは、「わたしたちがいるから大丈夫だよ」という言葉をもらえた。このように寄り添ってもらえたことが岡田さんの支えとなった。岡田さんが孤独に耐えることができた理由について、岡田さんは「相談出来る人が近くにいたことが大きかった」と振り返る。また、その一方で、「もしも長引いていたら、どうなっていたかはわからない」とも付け加えた。
教育現場で起きているいじめを把握する
いじめの種類やその程度はさまざまだが、そもそもどのような行為を「いじめ」というのだろうか。文部科学省は、いじめ防止対策推進法の施行に伴い、2013年より「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」といじめを定義している。つまり、当該行為がいじめに当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うべきではなく、あくまでも当該行為を受けた児童生徒が心身の苦痛を感じているかどうかで決まってくると考えるべきだろう。
文部科学省のデータによると、平成30年度に小学校、中学校、高校、特別支援学校が認知したいじめは、過去最多の約54万件に及んだ。この数は前年と比較すると約13万件、10年前と比較すると46万件の増加だ。また、いじめを認知した学校数をみると、全国の学校の8割にあたる約3万校で1校あたり約15件のいじめが認知されているというデータもある。この数字の著しい増加について、一般社団法人てとり(以下:てとり)の代表理事を務め、いじめ問題に詳しい谷山大三郎さんは、「学校側が積極的にいじめを発見しようと取り組んだ結果」と、ポジティブに捉えている。また、いじめの定義が「善意で行った行為でも、被害者が傷ついたのであればいじめ」ということになったため、以前と比較して一気に増加したとも言えよう。
しかし、その一方で「命や心身、財産に重大な被害がある」「相当の期間学校を欠席することを余儀なくされる疑いがある」と学校側が認める「重大事態」の発生件数が増加していることに対しては、「相対的には先生が頑張っている状況だが、最近のいじめは、ふざけや遊びを装ったり、大人には見えないところで行われたりしていることも多い。そのため、いじめの早期発見ができず深刻化する事案が増えている」と谷山さんは口にする。
前述のいじめの認知件数54万件のうち、実に66%は小学校で認知されたものである。中学校では29.8%、高校では5.2%と年齢を重ねるごとに認知数が減少しているのは、岡田さんが集団での無視に遭った際に「両親を心配させたくない」という思いがあったように、思春期を迎え、自分の弱い部分を周囲に見せることが出来なくなることと無関係ではないだろう。
また自殺数に目を向けると、平成30年度に小・中・高校から報告のあった自殺した332名の児童生徒のうち中学生が100名、高校生が227名とそのほとんどを中高生が占めている。いじめが原因の自殺は中学生が3件、高校生が6件と多くはないが、原因が不明の自殺が中学生、高校生ともに約6割を占めており、その中には、学校側が認知していないいじめが含まれている可能性も否定することはできない。
HEROsといじめ問題
このように、いじめは、当事者が抱え込んでしまうという特性が、解決を困難にしている側面がある。このため、HEROsでは、てとりとともに、いじめ・自殺防止の推進を目的としたプロジェクト「stand by you」を行っている。このプロジェクトは、いじめなどの悩みを相談出来ずに苦しんでいる子どもたちや、悩みを持つ仲間を助けたいと思っている子どもたちに対して、相談窓口の存在を周知し、子どもたちが救いを求めて教職員や保護者に相談したり、いじめに悩む友人を助ける行動を後押しすることを目的に発足した。これまで元メジャーリーガーの松井秀喜さんや、近賀ゆかり選手(女子サッカー・オルカ鴨池FC所属)など、HEROsアンバサダーたちが中心となり、動画などを通じて、子どもたちへメッセージを発信している。
なお、この動画の中では松井さんは「人をいじめることは、一番やってはいけないこと。一方的な弱い者いじめほどダサいものはない」と話すなど、各アスリートがいじめへの思いを口にしている。谷山さんはこうした活動を行う中で、「アスリートの言葉には力がある」とアスリートが持つ影響力の大きさを感じたという。さらに「アスリートの弱さや本音も、本物の言葉として、子どもたちに刺さる部分がある」とアスリートがメッセージを発することの意味を付け加えた。
「stand by you」のほかにも、いじめなどの悩みを報告・相談するプラットフォーム「STOPit」を提供するなど、さまざまな方法で相談窓口があることを啓発している谷山さんは、「子どもたちには、人を大事にすると同時に、自分も大事にしながら、いじめ問題に向き合ってほしい」と話す。また、相談する場所があったことで救われた経験を持つ岡田さんは、「大人が気を遣いながら、相談先も含めて、たくさんの選択肢があることを子どもたちに伝えることが必要」といじめ問題解決のために大人が果たすべき役割の大きさを説く。
何も理由がないのに突然被害者になることが多い現代のいじめ問題。今すぐにいじめを根絶させることは難しいが、「絶対にいじめに参加しない」という意思をあらかじめ持っておくなど、一人ひとりの意識が変われば、いじめの抑止につながり、少しずつ世の中を変えることが出来るはずだ。また、いじめに悩む子どもたちに対して、大人が相談窓口などの逃げ道を提示することで、悩みの芽を摘み、子どもたちに安心を与えてあげることも重要だろう。「いじめを許さない」という社会の空気を生み出し、いじめに悩む子どもたちを助けられる大人が増えるよう、HEROsは今後もアスリートが持つ言葉の力を活用し、問題の解決に向けて動いていく。