HEROsでは、競技以外の場面においても広く社会のために貢献したアスリートたちを、誰もが憧れるようなHEROとして讃え賞賛する『HEROs AWARD』を実施しています。
今年、この『HEROs AWARD 部門』を受賞したのが、プロサッカー選手の鈴木武蔵(すずき・むさし)選手です。
日本人の母親とジャマイカ人の父親のハーフとして生まれた鈴木選手は、6歳のときに母親と共にジャマイカから日本へやってきました。幼少期は、肌の色からいじめを経験。家族を心配させないよう涙を拭って家に帰るなど、苦悩があったと語ります。
そんな彼にとって心の拠り所になったのがサッカーでした。「サッカーをやっているときは、周りの目を気にすることはなかった」と夢中になり、めきめきと実力を伸ばすと高校卒業後はJリーグ・アルビレックス新潟へ加入します。複数のJリーグチームを渡り歩いた後にはベルギーでもプレー。日本代表にも選出されました。
現役選手としてプレーしながら、ピッチ外でも積極的な社会貢献活動を展開している鈴木選手。自身と同じひとり親家庭など、複雑な家庭環境に置かれた子どもたちを対象としたサッカーイベント『MUSASHICUP』を開催するほか、コロナ禍でフードロス問題に直面した農家を支援する『Rescue Hero』にも参画しています。
※『Rescue Hero』の発起人は、北海道コンサドーレ札幌・荒野拓馬選手。2020年5月に「Food Rescue Hero」から「Rescue Hero」に名称変更。
「自分と似た境遇の子どもたちを楽しませたい」という信念のもと活動を続ける鈴木選手に、スポーツやアスリートの持つ力、現役選手が活動することの意義について伺いました。
「サッカーをやっているときは、別の世界にいる感覚だった」
僕は6歳のとき、ジャマイカから日本に来ました。当初はこの見た目からいじめを受け、殻に閉じこもり、偽りの自分を演じていましたね。泣きながら帰ってお母さんを心配させたくなかったので、涙を拭って家の中に入っていました。
ただ、サッカーをやっているときだけは、まったく別の世界にいる感覚でした。目の前の相手に負けたくないという気持ちで、他人の目を気にすることはなかったです。
中学から高校、大人になるにつれて、少しずつ本当の自分を出せるようになっていきました。自分でも成長を実感しています。それでもずっと殻に閉じこもってきた自分がいるので、今でも根本的に変わらない部分も正直あります。
活動をはじめようと思ったのは25歳くらいです。サッカー選手としてプレーすることに感謝できるようになった時期で、自分が受けてきた恩恵は人にも分け与えるべきだと考えるようになりました。
きっかけは、DRAKE。現役選手が活動する価値とは
そう考えるようになったのは、アメリカのドレイクというアーティストの『God’s Plan』という曲のPVがきっかけです。シングルマザーや学校にお金を寄付していく内容なのですが、自分が与えられたものを困っている人に分け与える姿を見て、「めちゃくちゃカッコいいな」と。
自分もサッカー選手としての知名度があるから、僕の活動を見てカッコいいと思ってくれる人が出てきて、連鎖して広がっていったらいいなと思いました。だからこうやって活動したことを発信することに意味があると思っています。
もう一つのきっかけは、ハーフやひとり親家庭など僕と似た境遇に置かれた子どもたちの言葉です。「武蔵くんみたいになりたい」「うちの息子が武蔵くんを目標にしている」と言ってもらえるのが嬉しくて。そういった子どもたちの象徴として勇気を与えるのは、僕しかできないし、現役中にやることで意味があると考えました。
もちろん引退後に新しいことにチャレンジすることも、アスリートには必要不可欠なことです。ただ、現役選手という価値があるときにやったほうが、子どもたちは喜ぶし人も集まると思います。実際、「現役選手がこうやって活動しているのはすごい」と言っていただけることも多いです。
あとは自分が高卒ということもあり、活動を通じた学びという意味で大学に通っている感覚と近い部分もあります。社会との繋がりを楽しみながら学びつつ、それが誰かのためになっているのは、すごく良いことだと思います。
支援の仕組みをつくり、北海道から全国へ。
主な活動は、児童養護施設の訪問や、『MUSASHICUP』というサッカー大会やクリニックの開催。あとはコロナ禍で在庫が余り、フードロスに困っている農家さんを助けるための『Rescue Hero』という取り組みにも参加しています。もともと寄付など単発の支援ではなく、長期的な形でやりたいと考えていました。
家庭環境が複雑など僕と似た境遇の子どもたちが楽しむ機会を与えたいと思っていたので、第1回の『MUSASHICUP』には児童養護施設の子どもたちを招待しました。施設の子どもたちは、みんなすごく明るく元気がいいのですが、どこか辛い思いを抱えているかもしれません。スポーツの力で子どもたちに楽しい思い出を一つでも多くつくってあげることが、アスリートの役割だと思います。
コロナ禍では施設の子どもたちの参加が難しくなってしまったので、地域の大会が中止になってしまった中学生や高校生を対象にしたり、女性の社会進出を後押しする女性チーム限定の大会を開催しました。そのときの状況を見てどんな問題があるのかを考えながら、視野を広げて活動するようにしています。
『Rescue Hero』は、農家さんから野菜を仕入れて、消費者の方に安く買ってもらう取り組みです。農家さんと話をすると、フードロス問題以外にも、人手や後継者不足の課題もあると知りました。
その一方で、僕が定期的に訪問している児童養護施設の子どもたちも18歳で施設を出なければならないのですが、進路や働き口がなかなか決まらないという問題があります。女の子の中には、夜の道に進む子も多いんです。
この2つの課題はリンクさせられるな、と。施設の子ども達の就職先として、『Rescure Hero』に携わる農家を紹介できたらおもしろいのでは? と思いました。
それを実現させるために、来年から野菜の直売所を運営し、施設を卒業した子どもたちが働ける環境を作りたいと考えています。
助けを必要とする人に対して仕組みをつくり、社会復帰に繋げるのが理想ですね。北海道で上手くいったら、全国に広げていけるかもしれないのでワクワクしています。子どもたちが大人になったとき、「助ける側に回りたい」と行動してくれたらいいなと思います。
活動を続けることで、隠れている問題が浮き彫りになります。僕たちにできることはないか、繋げられるものはないかと考えを広げるようにしています。みんなの力で、解決策が生まれるんです。
失敗を恐れず、思いを素直に伝える。
活動には、スポンサー企業の皆さんにも協力していただいています。イベントを運営するにあたって、少しでも利益を生んでいかないと継続することは難しいですし、たくさんの人の力を借りることでもっと大きなイベントにできると考えています。
正直、お金をいただくので最初は言いにくい部分もありました。それでも失敗を恐れず、まずは会って自分の思いを素直に伝えるようにしています。それが正しいかどうか、最終的に協賛していただけるかどうかなど未来のことは考えません。
一人でやるのと、みんなでやるのとでは達成感も違います。準備は大変でバタバタすることも多いのですが、イベントが終わって温泉に入りながら「やってよかったね」と話す時間が好きなんです。
現役でプレーしているからなかなか時間を割けないときもありますし、資金面以外にも大変なことはたくさんあります。でも、活動から得られるものは大変さを上回ると感じています。子どもたちが楽しんでいる姿を見るのは嬉しいことですし、活動を続けていくことで新しい景色が見えてくると思っています。
僕自身、とにかく子どもたちに「少しでも明るく楽しい一日を過ごしてほしい」という思いで活動してきました。今回のHEROs AWARD受賞で、「やってきたことは無駄ではなかった。見てくれている人はいるんだな」と感じています。
「活動を通じて、自分の幸せに気づくことができた」
まずは、自分の周りの人たちに楽しく生きてほしいと思っています。社会全体を見るとさまざまな壁があって、きれいごとだけでは上手くいかないことも少なくありません。僕が受け取ってきた幸せを分け与えて、家族や友人、子どもたちなど僕に関わる人たちに楽しい思い出をつくってあげることが使命だと思っています。
ベルギーでプレーしていたとき、ヨーロッパの人はみんな自分のことを愛し、毎日をすごく楽しく生きていると感じました。日本の社会は、「人に迷惑を掛けないように」とルールを尊重する意識があります。僕は、ちょっと他人を気にしすぎなんじゃないかと感じるんです。
「普通」といわれることが、数年経ったら普通じゃなくなることってたくさんありますよね。その「普通」って、ただ周りの空気に合わせているだけなんです。もっと自分を愛して、楽しく生きることができれば、他人にも優しくできるし幸せが広がっていくと思います。
サッカーだけをやっているときは、狭いコミュニティしか見ていなかったと感じます。活動を通じて、あらためて自分の幸せに気づくことができました。アスリートだからこそできる社会貢献の形は絶対にあります。これから活動しようと考えている皆さんも、必ず一歩を踏み出せるはずです。