HEROsでは、競技以外の場面においても広く社会のために貢献したアスリートたちを、誰もが憧れるようなHEROとして讃え賞賛する『HEROs AWARD』を実施しています。今年、この『HEROs AWARD スポーツ団体部門』を受賞したのが、Jリーグ・川崎フロンターレです。
川崎フロンターレは、東日本大震災の被災地である岩手県・陸前高田市で継続的に復興支援活動を展開するほか、シーズン前にホームタウンの商店街でのあいさつ回りや川崎市内の小学校に算数ドリルを配布するなど、サッカーという枠にとらわれないユニークな活動を展開しています。2022年8月からはパートナー企業と連携し、かわさきこども食堂ネットワークへの支援を開始。食料の調達や配送、保管といった食堂を継続して運営するうえで直面する課題の解決に取り組むなど、地域に根ざした、なくてはならい存在として活動を続けています。
直近4シーズンで3度のリーグ優勝を果たし、Jリーグでも屈指の人気クラブとなった川崎フロンターレですが、かつては集客の問題に直面。地域に愛されるチームを目指し、社会貢献活動に注力しはじめたという背景があります。
クラブの取り組みは、地域社会に活力を与えるだけでなく、所属選手の心境も変化させています。実際に活動している選手はどのように感じているのか。チームを代表して谷口彰悟(たにぐち・しょうご)選手と脇坂泰斗(わきざか・やすと)選手、活動初期から参加してきたクラブOBで、現在はFrontale Relations Organizer(FRO)を務める中村憲剛(なかむら・けんご)さんにお話を伺いました。
危機感からはじまった活動が、今では地域になくてはならない存在へ
ー川崎フロンターレはJリーグの中でも、かなり前から社会貢献活動へ取り組んでいるチー
ムですよね。活動を開始したのには、どのような背景があったのでしょうか?
中村:僕が加入した2003年当時、川崎フロンターレはまだまだ川崎市に浸透していませんでした。等々力競技場での試合にも、今のように観客が入っておらず、地域に根づいたプロクラブとして成長していくためには、自分たちから積極的にイベントへ参加する必要がありました。加入した時から、市民の方々と触れ合う回数がとても多かったです。
まずはクラブを知ってもらい、試合に来てもらおう、と。そこから、勝敗に関わらず応援してくださるサポーターをいかに増やせるかが大切だと考えていました。クラブ全体で同じ意識を持っていましたね。
今でこそ「地域貢献活動、社会貢献活動に積極的なクラブ」として認識していただくことが増えましたが、当初からそういった意識で取り組んでいたわけではありません。むしろ「やらざるを得なかった」のが実際のところだったなと。
「スポーツチームが根づかない」と言われていた川崎市で活動していくためには、市民の皆さんと一緒にフロンターレを作っていかなければいけなかったんです。まずは自分たちからアプローチする必要があるという発想が結果として、地域貢献活動に繋がったのかなと。フロンターレでは当たり前のように取り組んでいたので、Jリーグクラブは地域での活動が盛んなものだと思っていました。でもここまで力を入れているクラブは少ないんだと、後から知りましたね。
谷口:当時の選手たちが「これではダメだ」と地域に密着した活動をはじめ、今では応援してくれる方も増え、チームも結果を残せるようになりました。僕自身、フロンターレに加入したことで、地域や社会に貢献したり活力を与えるとはどういうことなのかを考えるようになりました。今までの努力は間違っていなかったのだと実感しています。
脇坂:サッカーとは関係ないことでも、楽しみながら実施できる活動があることで、選手も社会貢献について自然と考えるようになりますね。
中村:後輩たちがしっかりと引き継いでくれていて、ホッとしています。とはいえ、時代はどんどん変わっていっていくもの。新しい課題も出てくるなかで、声をかけていただく前に自分たちから動けるようになってほしいですね。ピッチの中でも外でも「フロンターレはさすがだ」と言われるクラブであり続けてほしいです。
ーそんな活動が今回、HEROs AWARDを受賞しました。
中村:「賞を獲ろう」と思ってやってきた活動ではありませんが、ずっと大切にしてきたことが評価されたのはとても嬉しいです。フロンターレの本気度が皆さんへ伝わるようになってからは、スピード感が早かったです。地域の課題解決のためにフロンターレを使っていただけるようになり、活動のバリエーションが年々増えたので、ありがたかったです。
活動で痛感した「コミュニケーション」の大切さ
ー具体的に印象に残っている活動はありますか?
谷口:とくに印象に残っている活動は『ブルーサンタ活動』です。青いサンタクロースの衣装を着て小児科病棟を訪問し、子どもたちにプレゼントを渡しました。クリスマスの時期も家に帰ることのできない子どもたちを少しでも楽しませたいという思いで参加しましたが、逆に僕たちが元気をもらえましたね。子どもたちのパワーを実感したのを覚えています。
脇坂:僕がフロンターレに加入してからは、川崎市の小学生にフロンターレが作成した算数ドリルの実践学習をしたり、陸前高田で復興支援のサッカースクールを実施したりしました。どちらの活動も子どもたちが対象だったのですが、みんな明るくて、楽しみながら交流できました。陸前高田の子どもたちは、遠く離れた川崎まで試合を観に行きたいと言ってくれますし、前向きな姿勢を感じ取ることができました。
谷口:その他にも、シーズン前の商店街でのあいさつ回りや、多摩川の河川敷を掃除する『多摩川エコラシコ』など、フロンターレに加入してから多くの活動に参加しました。地域の方と交流するなかで、「応援しているよ!」とか「今年も期待しているよ!」という言葉を直接聞くと「頑張ろう」という気持ちになりますし、存在をより近くに感じることができます。
中村:商店街でのあいさつ回りは、新加入選手も含めた全員で関われる活動なので好きですね。新加入の選手が「フロンターレはやっぱりすごいね。こんなに近い距離感でサポーターと接する機会はなかった」と話していたのを覚えています。イベントで市民の皆さんと接すると、選手自身に当事者意識が芽生えます。自分が誰に応援されていて、どこでサッカーをしているのか、身をもって体感できるんです。
ー実際に会ってコミュニケーションをとることは大切ですよね。
中村:とくにコロナ禍では直接お会いできないことも多かったので、その大切さをより感じています。「となりのお兄さん」のような立ち位置ですね。親しみやすさを感じてもらうことで、アスリートの価値はプラスされると思います。
脇坂:相手の感情は、実際に接しないと分かりませんからね。陸前高田を訪問したときも、テレビで見ているだけでは分からなかった人々の気持ちや、復興の現状を肌で感じました。
谷口:僕は、コミュニケーションの第一歩である「あいさつ」が日本全体でもっと当たり前になったらいいなと感じています。大人になって見ず知らずの人にきちんとあいさつできる人は少ないですよね。活気のあふれた社会にするために、コミュニケーションの大切さも伝えていきたいです。
「社会貢献活動を通じて、選手としても人としても成長できた」
ー中村さんは引退してから意識が変わった部分はありますか?
中村:他競技のアスリートの方々と交流する機会も増え、とても刺激的な日々を送っています。新たに気づかされることも多いですし、どこにヒントが転がっているのか分からないので、アンテナを張っておくことが大事だと感じています。
ーアスリートやスポーツチームが競技外の活動をすることの意義については、どのようにお
考えですか?
谷口:僕自身、アスリートは誰でもなれる存在ではないと自負しています。スポーツで生きていくことは努力しないとできないからこそ、アスリートが発信することには説得力があると思うんです。社会問題解決のために周りを巻き込んで行動するのは、アスリートだからこそできるんです。
中村:社会貢献活動を通じて、選手としても人としても成長できたと実感しています。「影響力がないから」「自分なんかが…」と思うアスリートもいるかもしれません。それでも、「やりたい」と思うのであれば、ぜひ挑戦してもらいたいです。
谷口:一歩踏み出すのを躊躇する気持ちはすごく分かります。ただ、実際にやってみると意外と簡単だったりします。アスリートが活動の様子を発信することで、きっかけも与えられるのではないでしょうか。
ー皆さんの活動もアスリートの背中を押しているはずです。最後に、今後どのように活動を
していきたいかを教えてください。
谷口:今後はSDGs、とくに環境問題の解決に取り組んでいきたいです。SDGsという言葉を耳にする機会も増えましたし、自分の生活にも関係がある社会課題だと感じています。例えば、ゴミを増やさないとか、分別をしてリサイクルできるようにするとか、意識するだけですぐに取り組めるものかなと思います。
脇坂:選手個人が考えたことをどんどんクラブに共有して、大きな活動を展開していきたいです。あとは活動を楽しむこと。そうでないと続かないですし、相手にも楽しんでもらえません。自分の好きなことからはじめたいですね。
中村:現役を引退してからの目標は、競技の枠を超えたスポーツ界全体で社会貢献活動を盛り上げていくことです。そのために今は自分自身の幅や関係値を広げる時期。僕を育ててくれたスポーツ界へ、恩返しをしていきたいと思います。