石川県金沢市の少年院『湖南学院』は、日本財団 HEROsと連携し、スポーツ・アスリートと共に、非行を犯した子どもたちの社会復帰を支援する取り組みを展開しています。
2019年には、東俊介さん(ハンドボール元日本代表)、2022年には根木慎志さん(車いすバスケ元日本代表)が講演会を実施。HEROsアスリートの豊富な経験に裏付けされた、力強い言葉は子どもたちだけでなく、彼らを支える職員の心も動かしました。
HEROsと連携するに至った経緯や、スポーツが少年院の子どもたちに与える影響について、湖南学院 教育・支援部門の今泉崇さんに伺いました。
時代と共に変化する非行の実態
-まずは少年犯罪の現状について教えていただけますか?
以前は暴走族が絡んだ暴行、傷害事件などが多くありましたが減ってきています。逆に、自ら発信しないながらも、サポートを求めている子どもたちが増えていると感じます。
生活において、何を課題に感じているのか。そこに目を向け、寄り添ってあげる必要があります。過去にも引き込もっていた子は少なからずいましたが、そういった子どもが私たちの目に留まる機会は増えたように思います。言いたいことを伝えたり、表現したりすることが難しい。そんな子どもたちの思いが、非行という形で現れているのではないかと。
ー実際に少年院で会ってみると、どこにでもいる普通の子だな、という印象を受けました。時代に合わせて、子どもたちの性質も変わっているのでしょうか?
ここ10年くらいは、見ていただいた通り普通の子がほとんどです。世間的に非行を犯す子といえば、漫画やドラマで描かれる不良のイメージが強いですよね。キャラクターとして分かりやすいので、演出として創作されている側面が大きいと思います。
少年院と社会を繋ぐアスリート
ーHEROsと連携をはじめた理由は?
社会との繋がりを生み、少年院を出た後の居場所をつくるためです。世の中に、「彼らはこういった問題を抱えている」と知ってもらいたい。これから社会に出る子どもたちにも、「こういう場所があるんだよ」と知ってもらいたい。お互いを知るきっかけになったらいいな、と。
ー社会復帰後の居場所の有無については、少年院の子どもたち自身も悩んでいるのでしょうか?
同じ環境に戻れば、非行を繰り返してしまう。ただ、そういった環境しか知らないんです。以前のままではダメだというのは、彼らも分かっている。どうやったらいいんだろうと悩んでいるんです。
ー具体的に、どういった取り組みを行なったのでしょうか?
最初は、東俊介さん(HEROsアンバサダー・ハンドボール元日本代表)の訪問です。首都圏にある少年院であれば、外部の方との繋がりが生まれやすいですが、地方では繋がりにくいのが現実です。地元の企業の方に、仕事についてお話していただく程度でした。
そんな中、石川県出身である東さんが、湖南学院を訪問してくださったんです。東さんのお話は、子どもたちにすごく響いていました。それをきっかけに、取り組みの可能性が広がりました。
ー東さん以外にも、根木慎志さん(HEROsアンバサダー・車いすバスケ元日本代表)などとも活動していますね。
東さんとの取り組み以降、子どもたちが自分の将来を考えるきっかけをもっと与えられないかと考えていました。そして、その時期に開催されていたのが東京パラリンピックです。
職員が車いすバスケの試合を見て「かっこいいな。何か感じるものがあるかもしれない」と思い、後日行なわれた決勝をみんなで観戦することにしました。その試合を解説されていたのが、根木さんです。
試合を見ていた子が、「この人に会ってみたい」と。そのときに思い出したのが、HEROsの方々でした。どうにか繋がることができないかと思い、日本財団のホームページから申し込みました。
ーホームページから申し込んだのですね。
日本財団のホームページを見て、アスリートの方が学校へ出向いて活動していると知りました。どの活動も素晴らしいもので、同様の形で実施できないかと思ったんです。
子どもたちの力を引き出す、双方向のコミュニケーション
ーHEROsと共に活動することのメリットはどういった部分に感じていますか?
子どもたちだけではなく、職員に対してもメリットがあります。少年院での指導は、ときには強制的に進めなければいけません。しかし、アスリートの方、とくに根木さんは生徒と同じ目線でコミュニケーションを取っていました。
その理由が、すごく印象に残っています。それは、根木さんが車いすを使うようになってから掛けられた「頑張れ」という言葉についてです。「頑張れ」は、健常者からの「可哀そう」という意味合いがあるように感じた、と。一方通行の言葉に感じられたとお話されていました。
子どもたちに対する職員の姿勢を、考えさせられました。「これができない。だから支えてあげる」と「できない」をベースにするのではなく、「その子の力を引き出してあげる」という向き合い方が必要なんだと。お互いの頑張りや目標を共有したうえでの双方向のコミュニケーションに、すごく影響を受けました。
ー子どもたちの反応はいかがでしたか?
アスリートの方が語る挫折経験に共感する子が、多くいました。少年院には、学校や地域のチームでスポーツをやっていた子も多くいます。そこで挫折を経験し、埋め合わせとして非行に走るケースも少なくありません。
アスリートの方は、数多くの苦労を経験しています。そのような過程を赤裸々に伝えてくださるので、子どもたちの心に響くんです。涙を流している子もいました。
ー私もイベントに参加させていただきましたが、根木さんが最後に言った「ここで会うべきではなかったよね」という言葉がすごく印象に残っています。
その言葉も、子どもたちとの信頼関係ができたからこそ出たのだと思います。関係を深めていくことで、良いことだけではなく、厳しい言葉も掛けられるようになります。
根木さんは本当に短い時間で、子どもたちとも関係をつくりあげました。その背景には、これまで経験してきた苦労を共有できているのだなと痛感します。
すぐに変われなくとも、アスリートの言葉は必ず覚えている
ーイベントを経て、子どもたちの変化は日々の行動に表れているのでしょうか?
すぐに変わることはないと思います。「あの言葉がきっかけで変わりました」というのであれば、綺麗で良いエピソードになりますが、現実はそう上手くいきません。ジワジワ変わっていくのかなと。
ふとしたときに、東さんや根木さんを思い出すのではないでしょうか。私たちも、すぐに更生することを期待するのではなく、いろんな機会を準備してあげて、未来のどこかで影響を与えることがあればいいなと。そんな思いで仕事をしています。
アスリートの方から聞いた言葉は、子どもたちの中に必ず残っています。院を出た後に、スポーツを通して新しい人間関係ができたとなれば、これほど嬉しいことはありません。
ーすぐに変化を感じることが難しいからこそ、継続して取り組むことが大切ですね。最後に、スポーツの力についてどのようにお考えか聞かせてください。
イベント中の明るい表情や一生懸命な姿を見ていると、やはりスポーツは、人を動かして、心に明るい変化をもたらすことができると実感しました。
スポーツを通して、社会復帰を目指す子どもたちを受け入れてくれる場がたくさんできると嬉しいです。子どもたちにとって心強い世の中になりますし、更生に繋がっていくのかなと思います。
アスリートの方の言葉は、少年院にいる子に限らず、何かしらの悩みを抱えている子どもたちにも響くのではないでしょうか。それだけ心強いものなんです。
HEROs AWARDは、スポーツやアスリートの力が社会課題解決の活性化に貢献していることを社会に周知することで、活動を応援、また共に活動してくれるファンを増やし、社会貢献活動をより多くの人々が取り組むようになることを目指し実施しております。
https://sportsmanship-heros.jp/award/
本取材は、ステークホルダーとHEROsのかかわりを紹介するために実施されました。
HEROsプロジェクトに関してはこちらのデジタルパンフレットをご確認ください。