2021年シーズンをもってプロ野球選手を引退した鳥谷敬さん(元阪神、千葉ロッテ)は、積極的に社会貢献活動に取り組んでこられたアスリートの一人です。
2015年に「RED BIRD Project」を立ち上げ、現在も主にアジアの恵まれない子どもたちへ寄せられた物資を寄付する活動を行なっています。
どのような思いをもって、現役のうちから活動を始められたのでしょうか? 実際の活動を通じて感じたことに加えて、アスリートが社会貢献に関わる意義についてお聞きしました。
野球界の、社会貢献活動に対する意識
プロ野球選手として18年活動する中で、社会貢献活動があまり身近ではないと感じていました。環境的に、どうしても難しいところがあるんです。
例えば、オフの期間を使って病院を訪問することはできます。ですが、実質的に稼働できる時間は非常に少なくて。野球はシーズンが長いうえ、オフシーズンでもキャンプや他のリーグがあります。選手たちの意識が社会貢献に向くほど時間的な余裕がないのが、現状だと思います。
たとえば阪神時代には、岩田(稔元 阪神タイガース所属)が糖尿病の患者さんを球場に招いたり、さまざまな支援をしていました。彼は同じ病を経験していたので、思いが強かったんです。けど、僕らは「イベントの一環としてやっている」ぐらいの感覚でした。こういった活動に関してチーム全体で意識したり、共有することはなかったですね。
活動を“知ってもらう”難しさ
自分自身の社会貢献活動として、2015年に「RED BIRD Project」を立ち上げました。
当初の目的は、「野球を広めること」でした。でもある時、契約しているメーカーさんから「グローブが100個破棄になる」と聞き、「海外で野球を伝えるために何かできないか」と考えたんですね。それが社会貢献活動を始めたきっかけでした。グローブを全て買い取って、フィリピンで野球の普及活動を始めたんです。
ただ、実際にフィリピンへ行ってみたら、グローブを持つとか、野球をするしない以前の問題を目の当たりにしたんです。多くの子どもたちが、靴を履いていなくて。「これはグローブを渡すだけじゃダメだ。野球を広める前にすべきことがある」という想いに至り、「靴を持っていこう」と決めました。現在まで、アジアの恵まれない環境の子どもたちへ善意で寄せられた物資を寄付する活動を続けています。
靴を持っていくことは、想像以上に難しかったです。100足もあればかさばりますし、最近では新型コロナウイルスの影響もあり、そもそも持っていけないことも。実際に物を届ける苦労は、かなりありました。
活動を知ってもらうのも、簡単ではありませんでした。『HEROs』で表彰いただいたり(※)、『HEROs』を通じたコミュニティで認知度を高めることはできました。ですが、こういった機会がなければ自ら活動について広めていくことは本当に難しい。活動を続けていくなかで、常々感じてきました。
※鳥谷さんは、2017年に「HEROs AWARD」を受賞されています。
やってよかったという想いはもちろんあります。現地に行って、子どもたちが初めて靴を履いて何気なく走り出す姿を見ると、活動の意味を感じさせてもらえますね。
現役の頃から活動していればよかった。
現役時代から活動を続けてきて、良かったと思っています。野球だけでは出会えなかった方々と繋がれましたし、活動を通じて知り合った人たちがそれぞれの立場から手助けしてくれました。
現役時代から、社会におけるアスリートの価値を考えることがありました。プロになった当初は「自分の価値を上げるためには、野球で結果を残すしかない」と考えていましたが、キャリアを重ねていくうちに考え方が変わっていったんです。たとえば2,000本安打を達成した時は、自分よりも周囲やファンの方々が喜んでくれる嬉しさを感じました。アスリートには、社会に影響を与える力があると感じました。人の心を動かせる存在なのだなと。
そういったアスリートの価値に、まだまだ気づいていない選手や関係者がたくさんいます。個人的にはスポーツと社会貢献はセットでやるのがいいと思いますが、その意識が浸透していないと感じることがあります。
現役時代はテレビやメディアにほとんど出ていなかったので、どこまで影響力を持って活動できるのか不安もありました。でも引退してから自由に動けるようになり、より多くの人と出会って、いろんな感情が芽生えたんです。自分が苦手だと思っていたこともできるようになりました。現役の時から、もっと社会に影響を与えられるような活動をしていればよかったと思うこともありますね。
「活動は、必ず自分のプラスになる」
現役アスリートの方々には、自分が「やりたい」と思ったなら、とにかく行動に移してみていただきたいです。実際にやってみると、難しいこともたくさん出てきます。その中でやりたいことを具現化させようと考えることが、自分の原動力に繋がるんです。
たとえば、小児病院に行って「治ったら、球場に来てね」という話をしたとします。すると実際に球場に来てくれた時、自分が試合に出ていないわけにはいかない。責任感が生まれるんです。これはほんの一例ですが、活動が自分にとってプラスとなることは必ずあると感じています。
より多くの野球選手に、社会貢献へ取り組んで欲しいです。自分は野球があったからこそ今があるので、何か野球界に対して恩返しをする活動をしていきたいです。
2022年3月に、パナソニック野球部のコーチになりました。社会人チームには、プロを目指して頑張っている若い選手もいれば、プロにはもうなれないとわかっていながらも野球を続ける選手もいます。いろんな思いを持った選手を見られると思ったのが、あえてアマチュアを選んだ理由でした。野球に取り組みながらいろんなことと向き合い考える重要性を伝えたいですし、結果が出た時も出なかった時もとにかく“考える”作業を繰り返して欲しいです。
それから、とくに子どもたちに、もっとスポーツと触れ合ってほしいと思っています。当然、身体を動かして健康を保つという意味もありますが、スポーツを通じて多くの人と繋がって、いろんな喜怒哀楽の感情を感じてほしいです。
そのために、僕らが子どもたちのために動ける環境を作っていかなければいけません。とくに野球をできないところも増えてきています。地域性もあって、僕らだけが動いても変わらない部分はあるかもしれません。でも、できることはきっとあるはずです。自分自身を成長させてくれた野球に貢献できるように、これからも活動していきたいです。
2022年3月、「HEROs LAB」の取り組みとして、鳥谷さんは母校・羽村市立羽村第一中学校にて講演会を実施。プロとして活躍し続けるために意識していたことや、目標達成の考え方についてご自身の経験を元に伝えられました。
当日の様子はこちらから!