アスリート(現役・引退ともに)が学校を訪れ、生徒たちの社会課題に対する意識の向上と、社会課題解決のためのアクションのきっかけを作るHEROs LAB。2020年度にコロナ禍ではじまった本企画はオンラインプログラムとして開始。2021年度からはアスリートが学校を訪問する形にリニューアルし、元ラグビー日本代表の五郎丸歩さんやフィギュアスケーターの安藤美姫さんらが後輩たちへメッセージを送りました。

そして、2023年度の第一回目となるHEROs LABが2月6日に開催されました。場所は北海道の恵庭北高校、凱旋したアスリートは寺田明日香さんです。2021年の東京五輪に陸上・100mハードルの選手として出場し日本人選手として21年ぶりに同種目で準決勝まで進んだ寺田さんは、陸上を一時は引退して出産、大学進学を経てラグビーへ転向し、再び陸上へ戻って日本記録を樹立しました。

東京五輪後の2021年12月にはコロナ禍で競技環境が制限されている学生を支援する一般社団法人「A―START」を立ち上げ、HEROs AWARD 2021 女性部門を受賞しています。アスリートとしてもまだまだ現役。34歳で迎える次のパリ五輪への出場を目指しています。

そんな競技内外で活躍する寺田さんが後輩たちに伝えたかったのは、「チャレンジし、一歩踏み出すこと」の重要性でした。

夢や目標は言葉にして良い

寺田さんは『人生のハードルの楽しみ方』というテーマで在校生に特別授業を実施。主に自身の人生経験を振り返る講演とワークショップ、そして生徒からの質疑応答で構成されました。現代の若者は将来に対して悩みが多いという背景があるなか(参考:日本財団18歳意識調査https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2022/03/new_pr_20220323_03.pdf)、ワークショップでは生徒達に未来の人生設計と目標までの道のりをアウトプットしてもらい、社会の一員として生きていく自身にどのようなハードルが待ち構えているのか? 夢に向かうために何が必要か?という点を考える機会をつくりました。

質疑応答では、寺田さんの人生の節々でのチャレンジにおける自身の感情や家族の反応、具体的な目標を乗り越えるための取り組みについての質問が生徒から挙がりました。中でも印象的だったのが二つ目の問い「オリンピック出場が決まったときの家族の反応は?」に対しての回答です。

「私の家族はすごく喜んでくれました」

当然の答えですが、生徒たちに響いたのはそれに続いて発せられた言葉でした。

「自分が思っている以上に、自分の夢や目標を応援してくれてる人がいます。気づいていないだけで。だから、どんどん夢や目標は言ってもらっていいと思います」

目標や夢についての話題に口をふさぐことは、特に若い世代に顕著かもしれません。「できなかったときはどうしよう」「馬鹿にされたら…」等の不安が邪魔をします。しかし、寺田さんに言わせると“口にすることでサポートしてくれる人が増え、自分の力になる” とのことです。

陸上を始め一度は競技を退き、24歳で大学へ進学。出産を経てラグビーを始め、陸上へ復帰し日本新記録を樹立。常人には到底できないように見えるこのキャリアも、チャレンジをし続けた結果だと寺田さんは言います。そして何よりも、周りの人たちとの関わりを深く持つことが成功への近道、だと。

「ラグビーに転向してからは、誰かと目標を共有する楽しさや仲間に頼れる安心感がありました。こうしたメンタルの安定が、成長するにあたってすごく大事だったと思います。もし今『一人でやらなきゃいけない』と思ってる人がいたら、成長のためにも自分の弱いところを誰かに見せてほしいと強く思います。

そして、いろんな方に関わってもらうことはとても大切だと思っています。特に女性は子育てに関しては『自分がやらなければいけない』『自分でなければいけない』と思いがちなのですが、いろいろな方々に関わっていただくことで、私と娘の世界観も、主人の世界観も開いていけるようにしていきたいと思って生活しています。

“私達だけ” の狭いコミュニティだけで生きていくのは難しい。だから、一歩踏み出して色々な人達に関わってもらう勇気を持ったり、自分から『お願いします』と積極的に声をかけたりして生活をしています。簡単なことではないのですけど、自分から変わっていけば世界も大きく変わるんです」

インターネットが発達した現代社会では、自身の夢やキャリア形成についての情報を自分ひとりで得ることもできます。ただ、そういった二次情報に頼るのではなく、周りの人々や自分が過ごしているコミュニティやそれを形成する社会とより密接に関わり、対話をすることで、自身の将来設計ややりたいことが明白になってきます。寺田さんの言葉から、生徒達も社会との関わりの重要性を感じているようでした。

一方、やりたいことや目標へチャレンジをする過程の中で周囲から心無い言葉をかけられた経験にも触れました。

「私がラグビーを始めたとき、陸上に復帰するときに『子どもがいるのにやる意味はあるのか』というようなコメントもありました」

ただ、それでも落ち込んだり、自身の目標を諦めたりすることはなかったと言います。「男性が同じことをしたら批判されることはないと思います。『母親が育児をするべきだ』 という概念があるからそういう声が出てくる。でも、家族みんなで子育てをしていく雰囲気があれば良いのかなと」

こういった前向きな姿勢が寺田さんの人生を作ったのは間違いなく、それは後輩たちにも伝わりました。寺田さんが在籍した陸上部の生徒は口々に言います。

「率直にスゴイな、と思いました。でも、苦しいときでも頑張れそうな気がします」

「失敗をするのを恐れていましたけど、前に一歩踏み出すことが大事だと強く思いました。寺田さんの姿勢を見習っていきたいですね」

「いまは結果のことを考えすぎてチャレンジすることに引いてしまう子が増えているなと思います。もちろん、結果は大事なんですけど、チャレンジする姿勢から目標に進んでいく中で得られる経験や人との繋がりを持ってほしいなと思って喋りました。あとは……寺田明日香は1人で頑張っているように見えていますけど、その後ろに色々な人が居て、色々な失敗があった中で今があるんだとわかってもらえたらな、と。『あの人ができたんだったら私もできるかも』と思われるような、近い存在と思ってくれたら嬉しいです」

夢や目標を達成するために必要な心構えと姿勢を余すことなく語った寺田さん。その中でも“一人で頑張らず、周囲との関わりを持つ”ことと“失敗は無駄にはならない”ことを強く伝えていました。

加えて、様々なことに自身が挑戦することが社会にとってプラスになる、とも。

寺田さんは自ら競技に励むだけではなく、指導者として子どもたちや学生に陸上を教えたり、女性が活躍する社会作りをテーマとした発信活動も積極的に行なっています。それぞれの活動は、広く社会にとって有益なものです。ただし、寺田さん自身 “何か社会に対して役立つことをしたい”と思って始めたわけではなく、自ら夢中になるものを見つけて取り組んだ先の結果だと言います。

夢中になれるものに向き合い続けた中で新たな興味関心が生まれ、そこへアプローチして行動した結果、社会への恩返しに繋がった、と。

「自分が頑張ってきたことは、必ず社会に還元することができます。社会へ還元すること自体が目的ではなくても、誰かのためになっているんです」

夢や目標を追い続けること、そして、その過程で周囲との関わりを大事にすること。何かに必死に取り組んだ結果、社会により良いものを与えられる可能性があること。

寺田さんがこれまでの人生で示したもの、そして過程で“確信”となった強い思いは生徒たちにしっかりと届いたことでしょう。