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2020/09/30

「海で生きていくために」 元プロボディボーダー・登坂由美恵さんが実践する弱点を宝物にする方法とは?

「海で生きていくために」 元プロボディボーダー・登坂由美恵さんが実践する弱点を宝物にする方法とは?

著者 : 瀬川泰祐(HEROs公式スポーツライター)

難聴というハンディを乗り越え、プロボディーボーダーとして活躍した登坂由美恵さん。これまで障がいがあることにより、悔しさや孤独感を感じたことはあったが、その気持ちが壁を乗り越える原動力になったという。今回はそんな登坂さんの人生に迫りながら、聴覚障がい者が抱える問題に目を向けてみたい。

聴覚障がい者の日常を想像する

聴覚障がい者にとっての困難を分類すると「情報が入ってこない」、「情報が伝えられない」、「誤解される」と大きく3つに分かれる。まず「情報を伝える」という点においては、110番や119番といった緊急ダイヤルに電話が出来ないなど命に関わる場面や、クレジットカード紛失の際に伝えるべき情報が伝えられないなどの困難が生じている。次に「誤解される」という点では、手話でコミュニケーションを取っていると、指さしをして失礼だと言われたり、「話ができるのなら、聞くこともできるのだろう」と勘違いされたりすることがあるそうだ。そして最も多い悩みとされるのが、「情報が入ってこない」という点だ。例えば電車やバスなどの公共交通機関の車内アナウンスや災害時の町内アナウンスが聞こえないということは、日常生活をおくるうえで重要な判断材料が得られないことを意味する。このため、昨今のコロナ禍では、聴覚障がい者は、いつもにも増して不安を感じながら日々を過ごしている状況だ。

音を完全に聞き取ることが難しい聴覚障がい者がコミュニケーションを図る際、手話の他に、相手の口の動きが重要な情報源となる。登坂さんも、頭の中で相手がどんなことを話すかを予想した上で、唇の動きから相手の発話の内容を読み取る読唇術(どくしんじゅつ)を身につけているが、このコロナ禍では、口元がマスクで覆われているため、読唇術を使うことはできない。感染リスクを考えると、マスクを外すことをお願いするわけにもいかないため、コミュニケーションに困ることも多くなっており、「マスクがあるからコミュニケーションが難しくなってしまっている。コミュニケーションが取れなくて寂しい。1日でも早くマスクが取れる日が来てほしい」と切望する。

海との出会いで生まれた覚悟

2歳の時に両耳の聴力を失い、聴覚障がい者として生きることになった登坂さんだが、小学校から地域の学校で健聴者と共に学び、中学時代はバドミントンをプレーしていた。部長になりたいと志願しても、認めてもらえないこともあった。「小さい頃から耳が聞こえないため、何をやろうとしても『聞こえないからダメだ』と言われ、周りから諦められていた存在だった」と登坂さんは当時を振り返る。そんな彼女だったが、18歳の時に転機が訪れる。友人に誘われて海に行った際、ボディーボードに出会ったのだ。「耳が聞こえていても聞こえなくても、全ての人に平等に同じ波が寄って来ることに感動した。聞こえる人の世界として作られた社会で生きていると差別をされることもあるが、そんな世界でも海だけは私を差別しないと感じた」という登坂さんは、この瞬間から海の世界で生きていくことを決意した。

20歳の時、登坂さんは人工内耳の手術の選択を迫られた。人工内耳を装着すれば、聴覚の獲得が出来る。しかし、激しいスポーツを行うことは出来なくなってしまう。高波に向かいながら、激しく体を動かすボディーボードを諦めなければならないのだ。そこで、登坂さんは「『海で生きていく』と決めたから(耳が)聞こえない人生を歩もうと決めた」と、手術をせずボディボードを続けることを選んだ。この選択をしたからこそ、「海の世界で一番になりたい」という思いが生まれ、プロボディーボーダーとして活動することになったという。

30歳の時に念願のプロボディボーダーとして、世界と戦うことになった登坂さん。このとき初めて、世界に挑むのに、耳が聞こえるかどうかは関係なく、一人の人間として、そして日本人を代表して戦う場に立ったという事実に気付いたという。当初は恐怖心や自分の弱さがあったという彼女だが、挑戦を続けていく過程で、そうした壁を乗り越え、世界で5位に入る活躍をすることが出来たのである。

人の助けが必要だからこそ感じられること

そんな経験を持つ登坂さんは現在、健聴者や聴覚障がい者に向けてボディーボードスクールを開催するなど、海の魅力やプロ選手として生きてきた経験を広く伝える活動をしている。その中でも特に『陽(あ)けたら海へ』という自身が主催するイベントに力を入れている。この活動は東日本大震災の復興支援として、福島県に住む子どもたちを千葉県の御宿海岸に招待し、サーフィンスクールを体験してもらうというもので、2012年以降これまで8回開催されている。登坂さんは、「私が頼りないから50人のスタッフさんみんなが私を助けてくれる。だからこそメンバーにまとまりが生まれて素晴らしいイベントになっている」と多くの人の支えがあるからこそ、イベントが成立していると強調した。誰かの助けや支えがあるからこそ、彼女は人の優しさやありがたみを感じているのだろう。

「私は耳が聞こえないから、人の助けがどうしても必要」と話す登坂さん。前述の通りコロナで聴覚障がい者が困難に直面しているのは、彼女も同じだ。

現在、病院では、院内のスタッフは皆マスクをしている。一人で病院に行くと医師や看護師とコミュニケーションを取ることが出来ない。しかし同伴者がいたことにより、病院でもコミュニケーションをとることが出来た。このとき同伴者の方は、仕事を休んでまで登坂さんをサポートしたそうだ。こうした行動に登坂さんは、涙を流して感謝の気持ちを伝えたと振り返る。「もし自分の耳が聞こえていたらこんな気持ちになることはなかった。人と違ってこうした感謝の気持ちを持つことや、嬉し涙を流せることは幸せなことだと思う」と口にする。更に彼女は「こうした気持ちを持てるから自分は完璧でなくてもいい」と、自分の良い点を大切にしていることも付け加えた。

中高生にも響いた登坂さんの経験

そんな登坂さんは、93日に開催されたHEROs LABでオンラインスクールに登場した。オンラインスクールでは、「弱点を宝物にする秘訣」をテーマに手話を交えながら、中高生に向けて自身の経験を伝えた。講義の中では参加者からさまざまな質問が飛び、参加者と登坂さんの間で、たくさんのコミュニケーションが生まれた。登坂さんからは、「夢を追いかける時間が一番楽しいと思う。たとえ夢が叶えなくても『挑戦して良かった』と感じるから、その時間は絶対に無駄になることはないからその過程を楽しんでほしい」と彼女の思いを参加者に伝えた。そしてイベントの最後には彼女から「今コロナで大変なことが多いと思うが、その中で生きていけば強くなれる」とエールが送られ、登坂さんの優しさに包まれたイベントは大盛況で終了した。

イベントを終え登坂さんは、「コロナという世界的に経験のない時代を今真っ只中に生きている高校生たちは普通に生きていたら得られない困難を生き抜く選ばれた戦士たちに見えて仕方がないです。未来の世界はそんな戦士たちが切り開いていくであろう素晴らしい世界だろうなと私はさらに楽しみになりました」(原文ママ)と自身のブログで感想を述べた。

今後もHEROs LABではアスリートとともに、中学生、高校生に向けたオンラインイベントを実施予定だ。今後のイベント内容や申し込み方法についてはHEROs LAB特設サイトからご確認いただきたい。

著者 : 瀬川泰祐(HEROs公式スポーツライター)