HEROs Sportsmanship for the future

search

2020/04/07

「伝え手」への挑戦 HEROsアンバサダー大林素子

スポーツキャスターをしているかと思えば、旅番組で町を歩いている。お茶の間にも親しまれている元女子バレーボール日本代表主将で女優の大林素子さん。これまでの経験とHEROsアンバサダーとしての思いを語ってくれた。

見返したいと始めたバレーボール

中学校からバレーボールを始めた大林さん。バレーボールを始めたきっかけは、いじめだった。背が高いからか、学校では、「巨人」「デカ林」「ジャイアント素子」「ウドの大木」など、とても辛いあだ名をつけられいじめられた。当時住んでいた11階建ての団地の屋上に上がり、「ここから飛び降りたら楽になれるのかな」と考えることもあった。そんな時に見たのが「アタックNo.1」だった。コンプレックスだった背の高さが、バレーなら武器になると思ったという。

「オリンピック目指して、バレーボール選手になって、オリンピアンになって、私をいじめていた人たちを、見返そうって」

その日から、バレーボールに打ち込み、努力を重ねた。21歳でソウル五輪に出場、その後もバルセロナ五輪、アトランタ五輪に出場し、目標だったオリンピアンとなった。

1992年バルセロナ五輪出場の様子

バレーボーラーから女優?!

バレーボールだけで生きてきたが、引退した後、「第二の人生」を考え始めた。今度は自分の好きなことをやってみたい。子どもの頃から、歌手や女優になりたかった。しかし、現実は甘くない。ドラマの仕事はこないし、あっても大林素子役。それならばと、自己投資を始める。

「投資っていうのはお金という意味ではなく時間と労力を、劇団に行ったり、お稽古に通ったりすることによって、お芝居につなげられればいいなと」

求められていることとやりたいことが違う。やりたいことがこないならば、自分から行くしかない。そうして始めた舞台は、今年で11年目に突入する。

アスリートとして何ができるのか

社会貢献のきっかけは、はっきり覚えていないという。学生時代の募金、24時間テレビ、阪神淡路大震災―――様々な出来事の中で、自分にできることを自然と考えるようになっていた。東日本大震災後、動かないことによって病気が悪化したり、エコノミー症候群になってしまう人がいることを知り、スポーツで一緒に身体を動かすというような活動に意識的に取り組み始める。

「スポーツでって言いながらも、それよりも何か必需品を持って行った方が喜ばれるんじゃないかっていうのも、正直感じながら、宮城県の小学校などに行くことが多かったんです。どうしたらいんだろう、何ができるんだろう、と自問自答しながら活動していました」

そんな思いも抱きながら、福島県の親善大使「しゃくなげ大使」として、復興を考えるシンポジウムやスポーツフェスティバルに参加するなど幅広い活動を続けている。

しゃくなげ大使として、ふくしまスポーツフェスティバル2017に参加

「見ている側」から「伝える側」に

これまで社会貢献と意識しないで、できる事をやりたいという思いでやってきた。HEROsに入り、あえて社会貢献という名前を使うことで、いろんな場所に行きやすくなり、活動範囲もさらに広がったという。たとえば、パラスポーツ。これまでは、イベントでパラスポーツ選手と一緒になっても、自分は「見ている側」「お客さん側」にいたという。しかし、HEROsで活動するうちに、「見ている側」から「伝える側」に変わった。

「HEROsに入ったことで車いすバスケットの授業とかボッチャとか、学校で障がい者の方の話をするとか、あるいはパラスポーツやパラリンピックの魅力を伝えるようになったので、そこが今までと1番大きく変わったことですね」

車いすバスケットボール元日本代表の根木慎志さん(左)とともに中学生に魅力を語る

少し特別なイメージのあるパラスポーツだが、不自由なく、健常者も一緒になって楽しめる環境を増やしていきたい。HEROsがそうした活動の輪を広げていくことで、いろんな場所でいろんな競技ができるようになっていく。それが、HEROsアンバサダーとして大林さんが築きたい未来だという。