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2021/03/15

海外挑戦中の野瀬将平選手が人生の岐路で大切にしてきたこと、そして不安の解消法とは?

海外挑戦中の野瀬将平選手が人生の岐路で大切にしてきたこと、そして不安の解消法とは?

著者 : 瀬川泰祐(HEROs公式スポーツライター)

中東の国「イスラエル」。実はこの国のスポーツがとても盛んだということを知る人間はあまりいないのではないか。イスラエルでは、サッカーやバスケットボールの人気が高く、またバレーボールやハンドボールなどのプロリーグも存在している。そのイスラエルのバレーボールリーグで活躍する一人の日本人選手がいる。Hapoel Kfar Saba(ハポエル クファル サバ)に所属する野瀬将平選手だ。

バレーボール選手の海外挑戦といえば、ドイツ、フランスなどヨーロッパへの移籍が思い浮かぶが、野瀬選手はなぜイスラエルを選択したのか。その背景には、彼の強い自己探究心とバレーボールに対する並々ならぬ情熱があった。 

華やかに見えるキャリアの裏側

福岡県出身の野瀬選手は、姉の影響で7歳の時にバレーボールを始めた。その魅力に引き込まれると、メキメキと実力を付け、中学生のときには、福岡県選抜に入るなど、将来を嘱望される選手へと成長を遂げた。卒業後は東福岡高校、そして慶應義塾大学へ進学し、大学在学中には、世代別の日本代表として世界大会に出場。卒業後には国内最高峰のバレーボールリーグ、Vリーグに所属するFC東京入りを果たした。

一見すると、エリート街道を歩んできたように見えるが、本人は「自信が持てなかった」と回想するように、これまでの競技生活は決して平坦な道のりではなかったという。高校時代を過ごした東福岡高校バレーボール部は、春高バレーやインターハイなどの全国大会で5度の優勝を誇る全国屈指の強豪校。チームメートたちのレベルが高く、ミスができないというプレッシャーの中で、苦しい時期を過ごした。また大学を卒業する時は「バレーボールを続けるべきか」で悩み、一般企業への就職の道を模索。就職先も決まりかけていたが、悩み抜いた末にバレーボールを続ける選択をした。こうして入団したFC東京では4シーズンを過ごしたが、出場機会がなかなか得られない状況が続いた。2019−20年シーズンは、約半分の試合でスタメンでプレーするまでに成長し、今後の飛躍が期待されたが、その矢先に、今度は海外への挑戦を決意した。

これらの決断の背景には、常に自分のパフォーマンスに大きな課題を抱えてきたからだ。

「僕の課題は、練習と本番のギャップが大きいことでした。練習でできることが、試合だとできないんです。緊張感のある試合の中でしか気づけない感覚や学びがたくさんあります。年齢的にも、もう若手ではありません。もっともっと試合に出て、実践経験の中でしか得られないものを身につけたいと考えました」。

人生の岐路で大切にしたこと


さらなる出場機会を求め、海外チームへの移籍という道を選択することにした野瀬選手。岐路に直面したとき、彼が大切にしてきたのは、自分の中にある心の声だ。「バレーボール選手として成長したい」「試合に出たい」「あとで後悔したくない」という欲求に耳を傾け、先の見えない不安な世界に飛び込んできた。

ただし、それだけでは、「ただの無謀」に思えてしまうかもしれない。そこで野瀬選手が海外移籍の際にとった行動を紹介したい。移籍先を模索しているとき、彼のエージェントからは最初に正式なオファーが届いたのはイスラエルリーグだった。彼は当初ドイツやフランスでのプレーをイメージしていたこと、実際、それらの国からも話が上がっていたことから、イスラエルと聞いて「戸惑い、不安を覚えた」という。次のオファーを待つという選択肢もあったが、そこで彼がとった行動は「徹底した情報収集」だった。

「不安の原因は、イスラエルについて『何も知らないこと』だと考えました。そこでまずは、どんな国なのか理解するところからはじめ、現地の治安や言葉、バレーボールのレベルまで、こと細かく調べました。すると少しづつ不安は解消されていきました」。

こうして、不安を取り除き、イスラエル行きを決断した野瀬選手。この行動からも分かる通り、彼の最大の特徴は、どんな時でも客観的に状況を把握する思考能力の高さにあるのではないか。

人生を選択した目的を明確にする


現在、野瀬選手は、日本とは全く異なる環境で生活している。シャワーが出ない、冷蔵庫が冷えないなど、日常生活の中でのトラブルも多いが、「これも海外に来た醍醐味だと思って受け入れている」と全く意に介さない。それは彼には明確な目的意識があるからだ。

「僕が海外に来ている目的は、Vリーグで試合に出て活躍したいからです。この経験がどのようなものだったのかは、日本に帰って試合に出てみないと分かりません。ただ、いまこうしてイスラエルで試合に出ながら経験を積むことで、帰国しても自分の中で比較ができるようになります。これまでは自分の中で比較できる基準がありませんでした。この基準ができたことが僕にとっては大きいと思っています」。 

実は、2021年1月19日にHEROs LABに登場した野瀬選手は、参加した中高生に向けて次のようなメッセージをおくっている。


「自分の夢や目標を達成しようとしたときに、もしかしたら何かしらの壁にぶつかる日が来るかもしれません。その際、できない理由を探すようなことはして欲しくないと思います。現状をなげくことは簡単ですが、大切なことは『今』です。今、自分にできることは何なのか考えて、できることに目を向けて全力を尽くし、自分の夢を達成して欲しいと思います。」

この言葉の通り、過酷な環境での生活にも、自分の目的意識から目を背けることなく今を生きる野瀬選手。彼が再びVリーグのコートに立つとき、その目には以前とは違った光景が広がっているはずだ。

著者 : 瀬川泰祐(HEROs公式スポーツライター)