HEROs Sportsmanship for the future

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2020/04/03

柔道で「自他共栄の精神」を伝え世界平和を

柔道で「自他共栄の精神」を伝え世界平和を

NPO法人柔道教育ソリダリティーと山下泰裕が歩んだ道とは

■「自他共栄の精神」とは
201912月9日に、スポーツの力を活用して社会に貢献したアスリート・団体を表彰するHEROs AWARD2019が都内のホテルで開催された。表彰されるアスリートの中に、特別賞を受賞した山下泰裕さんがいた。山下さんは現役時代、オリンピックや世界選手権で数多くの金メダルを獲得するなど世界から注目されるアスリートとして活躍し、1984年には国民栄誉賞も受賞した。現役を退いた後は、20064月に認定NPO法人柔道教育ソリダリティー(以下、柔道教育ソリダリティー)を設立した。

柔道教育ソリダリティーの理念は、「柔道・友情・平和」の3つの柱を掲げ、柔道を通じて培われる「自他共栄の精神」を世界中に伝え、世界の青少年を育成すること。自他共栄とは、「互いに信頼し、助け合うことができれば自分も世の中の人も共に栄えることができる」という柔道精神の心得である。国境を越え、これまで数多くの国や地域に自ら経験してきた柔道を通じて社会貢献しようと邁進してきた実績が高く評価され、特別賞を受賞した。

受賞後、会場にいるアスリート全員が注目する前で山下さんは「アスリートが社会貢献活動に関わることで世の中を変えることができる。」と語った。
柔道教育ソリダリティーを通じて、アスリートが世の中に与える力の強さを体現してきたからこそ伝えられる言葉だ。しかし山下さん自身、ここに辿りつくまでにさまざまな苦悩や葛藤があった。

柔道教育ソリダリティー1
HEROs AWARD2019 特別賞受賞の様子

■社会貢献のきっかけは、恩師の言葉
柔道を通じて社会貢献することを決意したきっかけは、東海大学在学中に出会った東海大学創設者で恩師の松前重義さんの言葉であった。「将来はスポーツを通して世界平和に貢献する人間になってほしい。僕はそんな思いで君を応援してきた。分かってくれるか?」当時学生だった山下さんはその言葉の意味を理解できなかった。しかし、その言葉がずっと心に残っていたという。
「柔道は国の名誉、代表の誇りをかけて戦う競技だが、一度畳を降りたら同じ柔道を志している仲間である。勝ち負け関係なく友好と異文化交流も含め、互いにより親しい関係を作っていくことが大切」と語る山下さん。柔道を通じて学んだことを自身に語りかけ、社会と向き合ってきた精神は柔道界に引き継がれていくことになる。

■柔道で発展途上国を中心に貢献
柔道で世界を回るうちに、柔道着や畳がない環境の中で柔道に取り組む発展途上国や紛争国の選手たちの存在を目の当たりにした。そこで大学時代の恩師である松前さんとの約束を果たすために、柔道を通じて国際支援、国際友好の活動に取り組むことを決意し、行動を始めた。
現在も紛争が続くイスラエル・パレスチナの交流支援を推進するため、両国の子どもたちによる合同練習を実施。始めはイスラエル、パレスチナそれぞれの国の子どもたちは一緒に練習することをためらっていたが、日本の子どもたちと交流することで、最終的には肩を組むほど仲がよくなった。それを見て山下さんはスポーツの力を実感したという。

柔道教育ソリダリティー2
紛争国の子どもたちと柔道で交流を深めた

日本の柔道指導者や学生ボランティアの海外派遣にも力を入れてきた。これまでに海外派遣の実績は50回以上、計100名近くの指導者を送った。派遣先はイスラエルやパレスチナに留まらず、中国南京、ロシア、南アフリカ、ミャンマー、ラオス、UAE、ボスニアヘルツェゴビナ、エルサルバドル、モルドバなど、さまざまな社会課題を抱える発展途上国を中心に多国にわたり、柔道を通じた異文化交流の実績を着実に積み上げてきた。

柔道は今では世界200カ国を超える国と地域に競技者がいる国際的なスポーツへと発展したが、いまなお柔道着や畳など柔道環境が十分ではない国や地域も少なくない。これまでに約85カ国の国と地域へ10,000着を超えるリサイクル柔道衣と2,800枚を超える畳を寄贈した。日本の子どもたちが成長して着ることが難しくなった柔道着を寄付したり、各国々へ送るときにかかる輸送の費用を募金活動で集めたりするなど、柔道を通じてボランティア精神を育む活動にも精力を注いできた。そうして、届けられた柔道着や畳はオリンピックに出場する難民チームの練習でも使用されるなど、選手育成の観点でも大いに役立てられている。

柔道教育ソリダリティー3
数多くの発展途上国へ柔道指導者を派遣してきた

■柔道教育ソリダリティーの会長を退任、その後
20195月、13年に渡った柔道教育ソリダリティーの活動は幕を閉じた。日本オリンピック委員会(JOC)会長、全日本柔道連盟会長への就任などさまざまな要職に就き、現場で指導する機会が取りにくくなったからだ。

これまで多くの人に支援を受けて続けてきた柔道教育ソリダリティーの活動を継承してもらいたいと強く思っていたところ、愛弟子である全日本柔道男子監督の井上康生さんが新しい団体を立ち上げて山下さんの意志を引き継いでくれることを表明してくれた。井上さんの行動力と意志に山下さんは感極まったという。山下さんは柔道教育ソリダリティーを引き継ぐ際、井上さんにどうしても伝えたい言葉があった。
「引き継いでほしいのは“事業”ではなく、“柔道の精神”である」
山下さんからバトンを受け取った井上さんは「NPO法人JUDOs」を立ち上げ、新たな時代への一歩を歩みだしたのである。